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2005年12月 7日 (水)

YS-11ご苦労さん!!

YS-11って聞くと、独特のエンジンを響かせて優雅に飛んていた姿を思い出す。最後に乗ったのは1995年だったかな。沖縄本島から奄美大島を往復した際に搭乗した記憶があります。それか福岡空港から壱岐までのJACの機体だったかな。壱岐までの搭乗は1998年12月かな。記憶が定かでないのでした。記憶が峻烈なのは最初にフライトした際の経験、1976年7月だった。沖縄本島と石垣島の往復だ。片道1時間50分くらいの飛行時間だったように記憶している。
 YS-11型機は戦後初の純国産の航空機。ターボプロップエンジンを2基の双発輸送機。キィーンって金属音が混じったプロペラ機。短い距離での離着陸可能な機体だった。自分が乗った民間機は現在日本トランスオーシャン航空(旧南西航空)だった。座席前のシートポケットにはウチワが用意されていた。パタパタと扇いだ。
 官庁では、海上保安庁、航空運輸局、自衛隊でYS-11を使っている。今回は民間機のYS-11が全機が引退するということだ。JACにて鹿児島と種子島間を運航しているのだ。ラストフライトを控えて新たに機体を再塗装したとのことだ。無事に長い飛行時間を記録した機体。最終的には解体分解されるのだろう。動体保存するのだろうか。海上保安庁では5機がミッションを担当している。第一管区の千歳に2機、第三管区の羽田に1機、あとは我が沖縄を管轄している第十一管区海上保安本部の那覇に2機だ。超低空でパスして行く姿を海面から眺めていると勇壮な機体に見える。でもねですよ。昭和44年3月に就役した機体から昭和54年3月に就役したものもあるのでした。昭和44年っていうと+25年だと1969年で、36年前となるのだ。まあオーバーホールしているから、大丈夫だが、整備員のご苦労が伺えるのでした。でも機体年齢からすると解役間近なのだろうか。
 飛行性能が安定した好きな機体でした。聞いた話ですが、YS-11は機体が原因で墜落したことがない飛行機とされているのでした。長い間ご苦労様でした。

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