2006年3月31日 (金)
晴れ間が広がっている石垣島、気温は25度を超えている。観光客でごった返しているのでした。人工密集しているエリアが狭いために観光客の姿が目立っているのだろう。商店街ではお土産屋さんが目立ち、生活用品についてはショッピングセンターが郊外型で販売されている。沖縄本島と変わらないサービス提供を受けることができる。久しぶりに石垣に宿泊して仕事をしているが、車の往来が増えた。大きな道路での渋滞時間が長くなっているのでした。レンタカーが1000台あるのだ。飛行機は満席状態が続いている。転勤シーズンでもあった。
2006年3月30日 (木)
名蔵湾でのトレーニングでした。
真っ青な空が広がった石垣島、午前中はCPRトレーニング、感染防護としてポケットマスクを使っての人工呼吸、それに長時間でも人工呼吸を持続させる必要を考えてバックマスク(アンビューバック)での人工呼吸法、疲れない継続法もトレーニングした。あとはAEDの使用法も追加した。できるだけ臨場感が欠落しないようにシナリオ対応した。午後から名蔵湾にて水没溺者の救助トレー二ング。いつものオレンジ色のスーツで潜っていました。水没溺者引き上げのデモ、そして溺者役でした。体重が一番重いので船への引き上げも、真剣に対応した。
2006年3月29日 (水)
眠いぃぃぃぃぃぃ
ブログの更新をしたのですが、接続不能状態が続いておりました。時間的には3月29日午前零時30分くらいに更新作業だったのでした。
那覇にてCPR・AEDの講習会を実施しました。恩納村に戻ったのが、午前零時を廻っていました。そのために28日のブログを書くことができませんでした。最も28日はブログのシステムメンテナンスが続いていたので更新することができませんでした。
本日は午後から石垣島に行きます。はい、お仕事です。沖縄県の公募型事業として離島のダイビング関係者の講習会を開催するためです。那覇での講習会、10名を超える大勢のガイドさんが集ってくれました。でも今回も集ってくれたガイドさん熱心にトレーニングを受けていました。今回は、感染防止策としてはポケットマスクを使っています。マウスシールドについては感染の可能性があるということだったので、ポケットマスクに切り替えてトレーニングしています。アンビューマスクも扱い方をトレーニングしました。感染対策として救助者の二重事故防止策を真剣に考えないと善意で対応しても、あとになって実は肝炎に感染したんですよって洒落にならないと思っています。
あぁぁぁぁあぁぁぁぁ眠いので、ここで終わりにします。
石垣からなので携帯メールでのブログ更新となります。おやすみなさい。
本日は午後から石垣島に行きます。はい、お仕事です。沖縄県の公募型事業として離島のダイビング関係者の講習会を開催するためです。那覇での講習会、10名を超える大勢のガイドさんが集ってくれました。でも今回も集ってくれたガイドさん熱心にトレーニングを受けていました。今回は、感染防止策としてはポケットマスクを使っています。マウスシールドについては感染の可能性があるということだったので、ポケットマスクに切り替えてトレーニングしています。アンビューマスクも扱い方をトレーニングしました。感染対策として救助者の二重事故防止策を真剣に考えないと善意で対応しても、あとになって実は肝炎に感染したんですよって洒落にならないと思っています。
あぁぁぁぁあぁぁぁぁ眠いので、ここで終わりにします。
石垣からなので携帯メールでのブログ更新となります。おやすみなさい。
2006年3月27日 (月)
モズクの最盛期
花曇りの一日でした。暑くもなく寒くもないってな感じ。でも、自分はTシャツにベスト一枚にMA-1を着ている。足は素足に草履。腰を冷やしたくないのでした。やっぱり靴下履いて、シューズも履くしかないかぁ。御身大事にしないとねぇ。身体あっての仕事、自分等なのでした。内地では桜見物の宴会シーズンなのだろう。
モズクの水揚げが始まっています。恩納村でもモズク養殖が盛んだ。今年は糸モズクについては恩納村の一人勝ちという状態とのことだ。これからは太いモズクの刈り入れ時期となる。モズクの養殖については気象・海象が大きく影響を及ぼすのでした。昨年までは二年連続、モズク不作だった。不作イコール収入がゼロとなるのでした。不作であっても誰も損失を補填してくれることはないのでした。手持ち資金ゼロではなくモズクを養殖するための網、何十枚、何百枚と準備する。また船を使うために燃料代もあるのでした。人件費だって当然だが、実際にはモズクが育って販売できて初めて現金収入となるのでした。補助金があればって思うかもしれないが、そんなに甘くないのでした。前兼久の漁師さんは今日も海に出ているのでした。モズク養殖は沖縄本島だけでなく、他のエリアでも養殖が盛んになっている。
モズク以外に海ブドウの養殖も盛んになっている。海ブドウはデリケートな商品なので、常温が20℃以下になると出荷できないルールになっているのでした。商品管理が厳しいのでした。まあ商品管理については徹底しておかないと消費者の不信を買ってしまうと取り返しのつかない状態になるのでした。海ブドウの切り口は、摘み取ったままにしておくと傷ついた状態になり、商品価値が無くなってしまうのでした。切り口が元の状態になるまで回復槽に入れて切り口が安定してから出庫することになっているのでした。
栽培漁業では商品管理、品質管理が厳しく問われるのでした。養殖している方々も自分達の出荷している商品の価値を高めるための努力をしているのでした。美味しいモズクを食べようかな。
モズクの水揚げが始まっています。恩納村でもモズク養殖が盛んだ。今年は糸モズクについては恩納村の一人勝ちという状態とのことだ。これからは太いモズクの刈り入れ時期となる。モズクの養殖については気象・海象が大きく影響を及ぼすのでした。昨年までは二年連続、モズク不作だった。不作イコール収入がゼロとなるのでした。不作であっても誰も損失を補填してくれることはないのでした。手持ち資金ゼロではなくモズクを養殖するための網、何十枚、何百枚と準備する。また船を使うために燃料代もあるのでした。人件費だって当然だが、実際にはモズクが育って販売できて初めて現金収入となるのでした。補助金があればって思うかもしれないが、そんなに甘くないのでした。前兼久の漁師さんは今日も海に出ているのでした。モズク養殖は沖縄本島だけでなく、他のエリアでも養殖が盛んになっている。
モズク以外に海ブドウの養殖も盛んになっている。海ブドウはデリケートな商品なので、常温が20℃以下になると出荷できないルールになっているのでした。商品管理が厳しいのでした。まあ商品管理については徹底しておかないと消費者の不信を買ってしまうと取り返しのつかない状態になるのでした。海ブドウの切り口は、摘み取ったままにしておくと傷ついた状態になり、商品価値が無くなってしまうのでした。切り口が元の状態になるまで回復槽に入れて切り口が安定してから出庫することになっているのでした。
栽培漁業では商品管理、品質管理が厳しく問われるのでした。養殖している方々も自分達の出荷している商品の価値を高めるための努力をしているのでした。美味しいモズクを食べようかな。
2006年3月26日 (日)
携帯性能に差があるのでしたぁ
雨の日曜日だった。気象レーダー画面を確認するとバッチリと雨雲が映っているのでした。本州では桜見物のシーズンですね。東京では辺野古地区に計画されている飛行場の線引き作業、駆け引きが続いている。双方の主張には、まだまだ大きな隔たりがあるとの報道だ。
TVCMでは、女性用のお化粧品の紹介が多い。季節の変わり目。卒業、就職、入学シーズンだからなのだろうか。圧倒的に購買力がダントツなんだろうな。あとは携帯電話も同じような傾向があるのだろうか。携帯電話については、今回苦労しました。
2月下旬から沖縄各地をCPRや酸素講習等で動き回りました。現在、自分が持っているのはNTTドコモだ。auやボーダーフォンと三社がお互いのシェアを競っている。あとはPHSもあったから四社でした。PHSは都市部に集中している。またデータ通信として定着している。沖縄本島以外では通信状態は厳しいと考える。
ドコモについてはまったく使えない地域も存在した。座間味方面ではauが優位であったが、NTTフォーマだと使えるということでフォーマに切り替えている方が多いと聞いた。波照間島や小浜島でも場所によってはドコモのアンテナが1本とか通信状況が厳しい箇所もありました。自分等の場合、緊急事態での通信手段として携帯電話が重要な機器になっている。通信圏外ということであれば使えないということだ。あとは携帯電話での別な機能があるようだ。それは携帯電話の電源はONになっていれば追跡することができる機能が、携帯電話会社によって備わっているようだ。会社によってはピンポイントで時系列で追跡することができる機能もあるとのことだ。この機能は我々ダイバーにとってはありがたい機能とも言える。ただし、携帯電話が通じる圏内だけという制限があるのだ。当たり前だ。
今回は真剣に、二台目の携帯電話を持つことを考えている。さあカタログデータを集めるかな。98%の人口をカバーしているというキャッチフレーズだが、自分の動き回る範囲内は、もしかすると残りの2%に該当する地域なのだろう。
TVCMでは、女性用のお化粧品の紹介が多い。季節の変わり目。卒業、就職、入学シーズンだからなのだろうか。圧倒的に購買力がダントツなんだろうな。あとは携帯電話も同じような傾向があるのだろうか。携帯電話については、今回苦労しました。
2月下旬から沖縄各地をCPRや酸素講習等で動き回りました。現在、自分が持っているのはNTTドコモだ。auやボーダーフォンと三社がお互いのシェアを競っている。あとはPHSもあったから四社でした。PHSは都市部に集中している。またデータ通信として定着している。沖縄本島以外では通信状態は厳しいと考える。
ドコモについてはまったく使えない地域も存在した。座間味方面ではauが優位であったが、NTTフォーマだと使えるということでフォーマに切り替えている方が多いと聞いた。波照間島や小浜島でも場所によってはドコモのアンテナが1本とか通信状況が厳しい箇所もありました。自分等の場合、緊急事態での通信手段として携帯電話が重要な機器になっている。通信圏外ということであれば使えないということだ。あとは携帯電話での別な機能があるようだ。それは携帯電話の電源はONになっていれば追跡することができる機能が、携帯電話会社によって備わっているようだ。会社によってはピンポイントで時系列で追跡することができる機能もあるとのことだ。この機能は我々ダイバーにとってはありがたい機能とも言える。ただし、携帯電話が通じる圏内だけという制限があるのだ。当たり前だ。
今回は真剣に、二台目の携帯電話を持つことを考えている。さあカタログデータを集めるかな。98%の人口をカバーしているというキャッチフレーズだが、自分の動き回る範囲内は、もしかすると残りの2%に該当する地域なのだろう。
2006年3月25日 (土)
3月最後の週末だぁ
あっというまに週末到来。週末恒例の暴走バイク。春休みになったのでツーリングが増えたかな。はた迷惑な話だ。3月も末を迎える。公務員の転勤時期だ。
さて沖縄では米軍再編成の結論が出る寸前の落ち着かない時期。辺野古では陸上案か沖合い案での駆け引きの真っ最中だ。官邸主導で、既に決まっているのだろうか。あとは補助金の条件闘争だったりして。防衛施設庁が20億円を超える無駄遣いを指摘されているが、政府としては調査会社には払うつもりはないらしい。仕事をした調査会社は裁判するのかな。そして、働いた分を払えって。
さて沖縄では米軍再編成の結論が出る寸前の落ち着かない時期。辺野古では陸上案か沖合い案での駆け引きの真っ最中だ。官邸主導で、既に決まっているのだろうか。あとは補助金の条件闘争だったりして。防衛施設庁が20億円を超える無駄遣いを指摘されているが、政府としては調査会社には払うつもりはないらしい。仕事をした調査会社は裁判するのかな。そして、働いた分を払えって。
2006年3月25日ログ記録
ポイント | 天気 | 風向き | 気温 | 水温 | 透視度 | |
1本目 | 谷茶口 | 晴れ | 東 | 21℃ | 19~20℃ | 15m |
コメント 久しぶりの海。乗合船に余裕があったのでビデオカメラを持って参加。真栄田方面にはウネリが寄せていたので谷茶口まで移動した。ポイントにはホテルのスノーケリンググループが既に水中観察を楽しんでいた。一年ぶりのポイントだ。早速カメラを持ってエントリーだ。 海底は砂地、点々とサンゴの塊、ユビエダハマサンゴの塊にコブシメが産卵していた。コブシメを2個体確認したが、レンズを向けるとスゥって逃げるのでした。シンデレラウミウシ発見、イシヨウジ1個体、コブシメハッチアウトしたばかり1個体をそれぞれレンズに納めた。水温が20℃以下だった。寒かった。他のグループのお客様は震えていた。エキジットしてお湯を浴びていました。自分もブルってした。残念ながらクジラの声は聞えなかった。 |
2006年3月24日 (金)
甲子園初戦突破
那覇市内は大混雑だったとのこと。探検好きの知人から留守電があった。大手家電安売りのコジマが沖縄本島初上陸したのでした。徹夜組も出たとのことでした。58号線の安謝交差点では大渋滞が続いたとのことでした。コジマ、ヤマダ、ディオディオ、ベスト等の大型家電屋さんが揃った。
昨日は西表でのシーカヤック遭難事故から一年が過ぎた。ガイドを含めて三名の方の行方は不明のままだ。2月に波照間島に行く際に飛んだ海域だったのでした。行方不明の小学生の関係者が海上での慰霊祭を行った。強烈な風廻りを思い出す。風の怖さ、自然の脅威を知っているはずのベテランだったはずだ。それが何故・・・・。いつも事故後の思い。自然の中では人間の力は、あまりにも無力であるはずなのにって。
甲子園球場では石垣島から八重山商工が初戦突破した。那覇での会議があったが、会議の冒頭の担当者の挨拶、「高校野球が始まりますので早めに終わりましょう」って。初回からホームランが飛び出して幸先のよいスタートだった。野球やバレーボールでは、不祥事が続いた。飲酒、喫煙、窃盗等で、決定していた出場校が辞退なんてことが直前まであったのでした。そこには爽やかな青春って言葉はないのでした。
石垣島では大変な騒ぎになっているとのことでした。沖縄本島は以外にも静かでした。
昨日は西表でのシーカヤック遭難事故から一年が過ぎた。ガイドを含めて三名の方の行方は不明のままだ。2月に波照間島に行く際に飛んだ海域だったのでした。行方不明の小学生の関係者が海上での慰霊祭を行った。強烈な風廻りを思い出す。風の怖さ、自然の脅威を知っているはずのベテランだったはずだ。それが何故・・・・。いつも事故後の思い。自然の中では人間の力は、あまりにも無力であるはずなのにって。
甲子園球場では石垣島から八重山商工が初戦突破した。那覇での会議があったが、会議の冒頭の担当者の挨拶、「高校野球が始まりますので早めに終わりましょう」って。初回からホームランが飛び出して幸先のよいスタートだった。野球やバレーボールでは、不祥事が続いた。飲酒、喫煙、窃盗等で、決定していた出場校が辞退なんてことが直前まであったのでした。そこには爽やかな青春って言葉はないのでした。
石垣島では大変な騒ぎになっているとのことでした。沖縄本島は以外にも静かでした。
2006年3月23日 (木)
水納島上陸作戦だぁ・・・・・
本日は終日、雨模様だった。昨夜は北部の今帰仁村にてCPRおよびAEDトレーニングを開講してきました。本島北部の沖縄県ダイビング安全対策協議会のメンバーさん、それにカヤック関係、エコツアーガイドさん等が集ってくれました。久しぶりの大賑わいの中でポケットマスクを使っての人工呼吸、二対一のCPR、AEDの取扱い、バックマスク(アンビューバック)等の使い方でした。今回のトレーニングは資格取得のためではないのでした。技術向上と注意事項の再確認を行いました。
アウトドア関係とくに水辺活動を行う者としての最低限の技術として救急救命の技術。必須と思っているのですが、多くの水辺活動関係者については「一回だけ救急救命講習を受けていれば資格的には大丈夫だぁ」って発想だ。実際には、村田としては定期的なトレーニング、3ヶ月とか半年に一回はCPRトレーニングを受ける必要性があると認識している。そのズレ、埋めがたい溝でもあるのでした。それでも少しづつ危機感を持った人々が集り始めているのでした。今後も集れる場所があれば、可能な限りワークショップを開催したいと考えています。
午前10時発の水納島行きの定期船、実は本船は定期検査のためにドック入り中だった。代船で往復しました。定員17名だったが、船室は6名くらいが限界、それ以外は船の外、つまり天蓋がない船でした。時間は15分とあった。狭い船室、沈したら脱出できるかなって考えて乗っていた人もいた。彼は船室の一番先頭にいたのでした。自分は船酔いしなければと考えながら乗船でした。季節外れの水納島上陸作戦でした。
水納島ではDAN酸素プロバイダー講習を開催させてもらいました。この島は人口が50名くらいで診療所がありません。ヘリポートもない島なのでした。そのために最悪、夜間に急患が出た場合は、船で本部の渡久地港まで運び、医療機関に搬送するということでした。お隣りの瀬底島は本島と橋で結ばれていますが、水納島は、少しだけ離れているのでした。往路は北風に向かって船首を波頭に叩きつけながら戻りました。
アウトドア関係とくに水辺活動を行う者としての最低限の技術として救急救命の技術。必須と思っているのですが、多くの水辺活動関係者については「一回だけ救急救命講習を受けていれば資格的には大丈夫だぁ」って発想だ。実際には、村田としては定期的なトレーニング、3ヶ月とか半年に一回はCPRトレーニングを受ける必要性があると認識している。そのズレ、埋めがたい溝でもあるのでした。それでも少しづつ危機感を持った人々が集り始めているのでした。今後も集れる場所があれば、可能な限りワークショップを開催したいと考えています。
午前10時発の水納島行きの定期船、実は本船は定期検査のためにドック入り中だった。代船で往復しました。定員17名だったが、船室は6名くらいが限界、それ以外は船の外、つまり天蓋がない船でした。時間は15分とあった。狭い船室、沈したら脱出できるかなって考えて乗っていた人もいた。彼は船室の一番先頭にいたのでした。自分は船酔いしなければと考えながら乗船でした。季節外れの水納島上陸作戦でした。
水納島ではDAN酸素プロバイダー講習を開催させてもらいました。この島は人口が50名くらいで診療所がありません。ヘリポートもない島なのでした。そのために最悪、夜間に急患が出た場合は、船で本部の渡久地港まで運び、医療機関に搬送するということでした。お隣りの瀬底島は本島と橋で結ばれていますが、水納島は、少しだけ離れているのでした。往路は北風に向かって船首を波頭に叩きつけながら戻りました。
2006年3月22日 (水)
人の噂も75日だっけ・・・
先週は真栄田岬でのダイバー行方不明事故で騒然としたが、今週は山岳地帯での遭難が次々入電、中には不幸な結果になった例も報道された。本州では桜の開花時期を巡って気象関係者はヤキモキ。サンディエゴでは、WBCで日本チームの優勝報道。悲喜交々なニュースだった。
そんな合間に沖縄本島での名護市への普天間航空基地の代替基地建設のための条件駆け引きが見え隠れしている。世間的には極端に沖縄本島での辺野古地区への代替基地建設話題がメインになると政府は困ったことになりそうだ。3月31日までの平成17年度の会計年度終了までに、方向性を一気に決めたい日本政府・アメリカ政府でもあるのでした。代替基地建設のための沖縄への特別振興策を、どの規模にするかが裏の話題になりそうだ。初めに代替基地建設ありきなのだろう。
山岳での遭難事故。救出されたパーティの責任者は、記者会見を開いて事情説明をする。それも救出直後にだ。感情的になる訳でもなく、淡々と事実を述べて行くのでした。パーティを率いた責任者のリーダーが対応している。遭難者の年齢が自分に近いってことも気になるのでした。報道では高齢者の冬山登山の功罪ってタイトルが目に浮かぶ、あぁぁぁぁ自分も年齢の分類では高齢者なのだって自覚しなければならない。
それに比べて、ダイビングでの事故が起きた場合は、大半の責任者は自社に災いが降りかからないようにとダンマリを決め込んで、人の噂も75日とばかり沈黙している。ただ単に嵐が過ぎるのをじっと待っているのみだ。社会的な責任は、どうなるのだろう。世間の一般人から我々ダイビングの仕事を見ると隔絶した社会としか映らないのだろう。沖縄でのダイビングは発展はないだろうとつくづく思ってしまうのでした。
そんな合間に沖縄本島での名護市への普天間航空基地の代替基地建設のための条件駆け引きが見え隠れしている。世間的には極端に沖縄本島での辺野古地区への代替基地建設話題がメインになると政府は困ったことになりそうだ。3月31日までの平成17年度の会計年度終了までに、方向性を一気に決めたい日本政府・アメリカ政府でもあるのでした。代替基地建設のための沖縄への特別振興策を、どの規模にするかが裏の話題になりそうだ。初めに代替基地建設ありきなのだろう。
山岳での遭難事故。救出されたパーティの責任者は、記者会見を開いて事情説明をする。それも救出直後にだ。感情的になる訳でもなく、淡々と事実を述べて行くのでした。パーティを率いた責任者のリーダーが対応している。遭難者の年齢が自分に近いってことも気になるのでした。報道では高齢者の冬山登山の功罪ってタイトルが目に浮かぶ、あぁぁぁぁ自分も年齢の分類では高齢者なのだって自覚しなければならない。
それに比べて、ダイビングでの事故が起きた場合は、大半の責任者は自社に災いが降りかからないようにとダンマリを決め込んで、人の噂も75日とばかり沈黙している。ただ単に嵐が過ぎるのをじっと待っているのみだ。社会的な責任は、どうなるのだろう。世間の一般人から我々ダイビングの仕事を見ると隔絶した社会としか映らないのだろう。沖縄でのダイビングは発展はないだろうとつくづく思ってしまうのでした。
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2006年3月21日 (火)
2006年3月21日ログ記録
ポイント | 天気 | 風向き | 気温 | 水温 | 透視度 | |
1本目 | ムーンビーチ砂地 | 曇り | 東南東 | 21℃ | 21℃ | 15m |
コメント 午前中だけ潜らせてもらった。定員枠に空きがあった。メインのサービスのお客様はブランクが二年ということでリフレッシュダイビングということで砂地に決めた。真栄田岬を眺めると岸壁に白波が当っているのが望遠できた。本日はカミソリウオを探す予定だったが、ポイントを変更となりました。 最後にエントリー、トウアカクマノミまで移動、漁礁にアオリイカが10匹確認できた。産卵行動を刺戟しないように静かに接近したが、バブルの弾ける音がジャマになるのだろう。大群を確認できた。っな訳でトウアカクマノミそっちのけでアオリイカを撮影していました。久しぶりに深場に長居をしたので、ゆっくりと浅場まで戻った。ユビエダハマサンゴにもアオリイカが産卵しているのを確認した。3箇所で確認できた。アオリイカ、サイズ的には大きく感じた。 他のサービスのスタッフはネジリンボウに集中していたようで、全然アオリイカの存在は気付かなかったようだ。先日よりも冷たく感じた。風邪引かないように注意します。 < |
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格差 やったぁ
世の中は、場合によっては四連休ということだ。朝から社会的格差の問題が放映されていた。掃除をしながらちらって眺めた。よりよい教育を受けようとすると年収が1000万くらいないと、塾だとかお稽古ごと等を受けることができないとの内容だった。年収が1000万円なんて、それなりの職業階層に登りつめないと確保することができない金額だ。ここ沖縄での年間平均所得は200~300万くらいとされている。どう逆立ちしても無理なのかな。ここ沖縄からでは。賃金格差も地域によって甚だしい状況が露呈しているのでした。賃金格差なんて言葉久しぶりに書いた。
賃金格差での落差、本日のWBCでのキューバチームの年俸、国家公務員としての社会的な地位が約束されており、給与は国から支給されているとのことだ。でもびっくりしたのは、その金額たるや、20万とも30とかの数字。最初は目を擦ってしまった。20万ドルかと覆ったが、とんでもない20万円なのでした。片や、アメリカのメジャーリーガーとして契約できると年俸が100万ドルとか目玉が飛び出そうな金額が転がり込むのでした。日本だって、有名選手になれば億単位の年俸で契約されることになるのでした。
社会主義国の社会体制だから仕方がないのだろうか。韓国だって兵役免除対象として野球選手も選ばれるご時世だ。格差が広がっていくだろう。キューバはアマチュアというジャンルだが、実際にはプロ選手だと分類されるべきかな。国際的にアメリカの意向に逆らっているので世界的な野球からは孤立しているキューバ。北京オリンピックが競技としての野球が最後の大会が決定している。
勝負の世界では精神的にはハングリー精神が大事って言われます。しかしそれなりのお金をかけてトレーニングをしておかないと最後の底力は発揮することができないと思う。極東の北の国では、世界的な競技に参加して立派な成績が残せないと競技ではなく、強制収容所に放り込まれるなんてこと。中東のある国でも軍隊に放り込まれたりと最悪の処遇が待っている国もあるのでした。ハングリー精神は必要なのだろう。あとがないと追い詰めて競技力をつけても、その反動はマイナスにしかならないと思うのでした。
WBCに参加しなかった日本人メジャーリーガーって、身勝手な奴ってことになるのだろうか。イチロウの気迫凄いものを感じた。王ジャパン世界一おめでとう!!
賃金格差での落差、本日のWBCでのキューバチームの年俸、国家公務員としての社会的な地位が約束されており、給与は国から支給されているとのことだ。でもびっくりしたのは、その金額たるや、20万とも30とかの数字。最初は目を擦ってしまった。20万ドルかと覆ったが、とんでもない20万円なのでした。片や、アメリカのメジャーリーガーとして契約できると年俸が100万ドルとか目玉が飛び出そうな金額が転がり込むのでした。日本だって、有名選手になれば億単位の年俸で契約されることになるのでした。
社会主義国の社会体制だから仕方がないのだろうか。韓国だって兵役免除対象として野球選手も選ばれるご時世だ。格差が広がっていくだろう。キューバはアマチュアというジャンルだが、実際にはプロ選手だと分類されるべきかな。国際的にアメリカの意向に逆らっているので世界的な野球からは孤立しているキューバ。北京オリンピックが競技としての野球が最後の大会が決定している。
勝負の世界では精神的にはハングリー精神が大事って言われます。しかしそれなりのお金をかけてトレーニングをしておかないと最後の底力は発揮することができないと思う。極東の北の国では、世界的な競技に参加して立派な成績が残せないと競技ではなく、強制収容所に放り込まれるなんてこと。中東のある国でも軍隊に放り込まれたりと最悪の処遇が待っている国もあるのでした。ハングリー精神は必要なのだろう。あとがないと追い詰めて競技力をつけても、その反動はマイナスにしかならないと思うのでした。
WBCに参加しなかった日本人メジャーリーガーって、身勝手な奴ってことになるのだろうか。イチロウの気迫凄いものを感じた。王ジャパン世界一おめでとう!!
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2006年3月20日 (月)
頑張れ日本!!
晴れ間が広がった連休中日。風は北風。前兼久漁港は静かだった。にわかに忙しくなって来ているダイビング業界。とくに体験ダイビングが忙しそうだ。忙しそうだとは他人行儀な言い方。体験ダイビングでもスノーケリングが人気なのだろうか。スクーバダイビングに比べると比較的容易にチャレンジできるからだろうか。今年はブレイクするのだろうか。スノーケリングは・・・・。本来はのんびりと遊べるのだが・・・・・・・・。
野球は盛り上がっている。WBCの対韓国戦、最高視聴率が50%を突破したとのことだ。沖縄では春の高校選抜では石垣島の高校が出場を決定して甲子園に行った。地元の石垣や周辺の島では、盛り上がっている。大応援団がチャーター便で応援に行くようだ。第一回戦、道路から人影が消えるのだろうか。頑張って欲しい。
野球、WBCは明日、プレイボールだが、困ったことに沖縄では日本テレビ系列局がないために地上波ではみることができないのかな。頑張れ日本!!
なんて浮かれている間に沖縄の将来が決まってしまう。新しい基地建設ありき、北部振興策ばらまくよって。野球ばかりに浮かれてはいけないのでした。
野球は盛り上がっている。WBCの対韓国戦、最高視聴率が50%を突破したとのことだ。沖縄では春の高校選抜では石垣島の高校が出場を決定して甲子園に行った。地元の石垣や周辺の島では、盛り上がっている。大応援団がチャーター便で応援に行くようだ。第一回戦、道路から人影が消えるのだろうか。頑張って欲しい。
野球、WBCは明日、プレイボールだが、困ったことに沖縄では日本テレビ系列局がないために地上波ではみることができないのかな。頑張れ日本!!
なんて浮かれている間に沖縄の将来が決まってしまう。新しい基地建設ありき、北部振興策ばらまくよって。野球ばかりに浮かれてはいけないのでした。
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2006年3月19日 (日)
本日は北風だぁ
週末の日曜日、晴天でも風は北から北西の風が8~10mくらいの強さで吹いている。もちろん前兼久漁港から出航はできない。潜りは崎本部海岸まで車で移動しなければならないのでした。実は海が大荒れでホッとしているのでした。何てことをって言われそうですね。こんな理由があるのでした。
3月12日に全員救助されましたが、恩納村・真栄田岬・ダイバー行方不明なんてキーワードで全国の皆さんにご心配をかけた事件、まだ覚えていますよね。当事者は懲りていないようだ。またまた風廻りした際にも潜っているのを目撃されているのでした。全然反省もしていないのでした。皮肉にも本日のように徹底した北寄りの風が吹いていたほうが地元のダイビングサービスはホッとするのでした。
いくら営業活動の一環だから、誰にも文句を言われる筋合いはないということなのだろう。天気が荒れているから潜らないほうがいいのではとの忠告は耳に届かない状態になっているとも仲間のインストラクターから聞いた。助かったからラッキーなのだろう。実際にはお客さんの中からケガ人も出ている。もっと怖い話が漏れ伝わってきた。米軍の兵隊に他のお客さんが助け揚げられていたということだ。もし、米軍の兵隊が居なければもっと多くの人数が事故に巻き込まれていたとのことだ。
一種の風評被害にならないようにしたい。あいからず事故の全体像がわかっていないのでした。同じ事故は繰り返される危険性があるのでした。
3月12日に全員救助されましたが、恩納村・真栄田岬・ダイバー行方不明なんてキーワードで全国の皆さんにご心配をかけた事件、まだ覚えていますよね。当事者は懲りていないようだ。またまた風廻りした際にも潜っているのを目撃されているのでした。全然反省もしていないのでした。皮肉にも本日のように徹底した北寄りの風が吹いていたほうが地元のダイビングサービスはホッとするのでした。
いくら営業活動の一環だから、誰にも文句を言われる筋合いはないということなのだろう。天気が荒れているから潜らないほうがいいのではとの忠告は耳に届かない状態になっているとも仲間のインストラクターから聞いた。助かったからラッキーなのだろう。実際にはお客さんの中からケガ人も出ている。もっと怖い話が漏れ伝わってきた。米軍の兵隊に他のお客さんが助け揚げられていたということだ。もし、米軍の兵隊が居なければもっと多くの人数が事故に巻き込まれていたとのことだ。
一種の風評被害にならないようにしたい。あいからず事故の全体像がわかっていないのでした。同じ事故は繰り返される危険性があるのでした。
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2006年3月18日 (土)
ホッと一息つけましたぁ
朝から雨降り、ポツリポツリと降り出していた。風廻りしそうだとの予報があったので、午前中にダイビングを完了する予定動いた。予定通りに完了した。ホッとしている。旧暦での気象状態、改めて昔の人の知識の集積に感謝しています。
学生さんは春休み、新卒者は就職に新入学の時期、また多くの働いている方々には転勤シーズン、悲喜交々でもありそうだ。新天地を目指して動き始めていることだろう。あるいはしばしのお休み、充電期間中かもしれない。自分は自営業なので転勤はない。自分で文字通り新天地を求めての大移動を覚悟するしかないのだ。残りの人生を考えると、まだまだ動こうと思えば動ける年齢なのだろうとも考えることがあるのでした。達磨さんになれば七転び八起きかぁ。あれちょっとだけ達磨さん体型復活かな。イェイェ体動かそう!!
学生さんは春休み、新卒者は就職に新入学の時期、また多くの働いている方々には転勤シーズン、悲喜交々でもありそうだ。新天地を目指して動き始めていることだろう。あるいはしばしのお休み、充電期間中かもしれない。自分は自営業なので転勤はない。自分で文字通り新天地を求めての大移動を覚悟するしかないのだ。残りの人生を考えると、まだまだ動こうと思えば動ける年齢なのだろうとも考えることがあるのでした。達磨さんになれば七転び八起きかぁ。あれちょっとだけ達磨さん体型復活かな。イェイェ体動かそう!!
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2006年3月18日ログ記録
ポイント | 天気 | 風向き | 気温 | 水温 | 透視度 | |
1本目 | ムーンビーチ砂地 | 曇り | 南東 | 21℃ | 21℃ | 12m |
2本目 | 真栄田岬ブイ | 曇り・小雨 | 南東 | 24℃ | 21℃ | 15m |
コメント 初心者講習の最終日。北海道からのトランスファー講習生を受け入れました。初日に村田が対応することができなかったので他のインストラクターにお願いしました。っで村田の仕事は動画の撮影を担当しました。天気予報では午後から風廻りしそうだったので、午前中にまとめて潜ることにしました。 バディ単位で自己完結型のダイビングができるような講習内容でしたが、講習生の送り出したショップさんも丁寧に講習をしてくれたので問題なく水面および水中技術をインストラクターの補助なしで実行することができました。巷で話題になっているインストラクター手助けがないと潜れないCカードホルダーが多いと嘆かれることが多いのですが、全然そんなことはありませんでした。最終段階では水没溺者の引き上げ救助、エアー切れ対処法、水面での衰弱者の曳航、フリー浮上・潜降等を確認しました。 久しぶりに真栄田岬にて潜りました。定点ブイが流されたので、100m離れた別なブイに船を固定しました。ツバメウオは居ないだろうって思って潜降したのですが、数は少なかったが10数匹を確認しました。近くまで寄って来ました。懐かしそうに寄って来てくれたように思えるのでした。30cmを超えそうなオニダルマオコゼ発見。迷惑そうでしたが、遊ばせてもらいました。他のサカナのモビング攻撃はなかった。 天気が変わりそうだったので一旦浮上確認、船長にも空の様子を確認した。浮上体制にて3分間の安全停止をしてもらいゆっくりと浮上、エキジットした。全てが終わり、ロギングが終わった15時半過ぎに解散した。直後に土砂降りになった。ラッキーな一日でした。 |
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2006年3月17日 (金)
天気はよかったが、事故の真相は闇の中だぁ
本日は比較的天気に恵まれた。雨は降りませんでした。明日は午後から風廻りしそうな予報が出されているのでした。よって明日のダイビングは、午前中に切り上げるような段取りで行こうと相談・決定した。
週末だが、天気が心配だぁ。週末になると58号線を疾走するバイクと乗用車の騒音が一段とうるさくなるのでした。卒業旅行にて来沖する学生さんのドンちゃん騒ぎ、丘の上にある高層ホテルのベランダからも嬌声が聞えてくるのでした。変な感じだ。声が頭の上から降ってくるのは。旅は恥のかき捨てなのだろう。
3月12日、あの日は真栄田岬での遭難騒ぎと久米島沖での貨物船の沈没事故だけだとばかり思ってたが、実際には沖縄本島各地で大変な事態が起きていたことが判った。13:00頃東村にて漁船の乗り上げたとの通報。15:17にはナガンヌ島北側にダイビング船(乗員3名、お客8名)が乗り上げたとのこと。18:40に海保のヘリコプターにて全員吊上げ救助され那覇基地に搬送された。16:00頃大宜味村字津波沖の消波ブロックにて一名孤立。国頭消防の水上バイクにて救助された。16:44、真栄田岬にてダイバー遭難情報、うち二名を17:26に海保ヘリにて吊上げ救助。13日01:15二名の行方不明者を救助。01:30久米島沖にて貨物船から浸水騒ぎ、05:00沈没した。
12日の15:00くらいから風が廻った。その影響で風が通過して1時間くらいに被害が集中しているのでした。自分が真栄田岬にて吊上げ救助したヘリが基地にも戻ったが、すぐに戻ってこなかったのではナガンヌで合計11名の吊上げ救助を行っていたことが判った。
自分を含めて多くのサービスが、12日の真栄田岬での遭難騒ぎの真相は判っていないのだ。ファンダイビングではなく体験ダイビングだったとのことが多くのお店からの情報を判断すると判ったのです。それ以外は全然判っていないのでした。あとは当事者が説明責任があるとは思うが、それとて経営者の資質にもよるが、なしのつぶてのままだけははっきりしているのでした。類似の事故が起きないことを願いたい。警察の調査能力が問われているが、真相の究明はどうなんだろう。
週末だが、天気が心配だぁ。週末になると58号線を疾走するバイクと乗用車の騒音が一段とうるさくなるのでした。卒業旅行にて来沖する学生さんのドンちゃん騒ぎ、丘の上にある高層ホテルのベランダからも嬌声が聞えてくるのでした。変な感じだ。声が頭の上から降ってくるのは。旅は恥のかき捨てなのだろう。
3月12日、あの日は真栄田岬での遭難騒ぎと久米島沖での貨物船の沈没事故だけだとばかり思ってたが、実際には沖縄本島各地で大変な事態が起きていたことが判った。13:00頃東村にて漁船の乗り上げたとの通報。15:17にはナガンヌ島北側にダイビング船(乗員3名、お客8名)が乗り上げたとのこと。18:40に海保のヘリコプターにて全員吊上げ救助され那覇基地に搬送された。16:00頃大宜味村字津波沖の消波ブロックにて一名孤立。国頭消防の水上バイクにて救助された。16:44、真栄田岬にてダイバー遭難情報、うち二名を17:26に海保ヘリにて吊上げ救助。13日01:15二名の行方不明者を救助。01:30久米島沖にて貨物船から浸水騒ぎ、05:00沈没した。
12日の15:00くらいから風が廻った。その影響で風が通過して1時間くらいに被害が集中しているのでした。自分が真栄田岬にて吊上げ救助したヘリが基地にも戻ったが、すぐに戻ってこなかったのではナガンヌで合計11名の吊上げ救助を行っていたことが判った。
自分を含めて多くのサービスが、12日の真栄田岬での遭難騒ぎの真相は判っていないのだ。ファンダイビングではなく体験ダイビングだったとのことが多くのお店からの情報を判断すると判ったのです。それ以外は全然判っていないのでした。あとは当事者が説明責任があるとは思うが、それとて経営者の資質にもよるが、なしのつぶてのままだけははっきりしているのでした。類似の事故が起きないことを願いたい。警察の調査能力が問われているが、真相の究明はどうなんだろう。
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2006年3月16日 (木)
アングリィ・・・・・顎が外れそうだぁ
昨日の晴天が嘘のようだ。またまた前線が移動していた。那覇の航空自衛隊基地に行く途中の高速道路、ドンドン気象状態が悪化してきた。風が完全に廻った真っ黒い雨雲が低く垂れ込め、大粒の雨が降り注いだ。恐怖の風廻りだった。またぞろ真栄田岬が騒然となりそうだった。またまたお騒がせのお店が潜り始めているとの情報が錯綜した。ファンダイビングだとばかり思っていたが、体験ダイビングとのことでした。開いた口が塞がらなかった。アングリ・・・・・・・。
もしかして先日の教訓は生かされていないのでした。学習しないサービスだな。バクテリアも適者生存で脈々と生きて来ながら学習しながら進化しているのに。教訓を学習できないパターンだ。風評被害が起きそうだ。
波照間島で仕事をしている最中に時計がダメになったと書き込んでいました。本日、故障した時計が修理完了の知らせ。那覇航空基地の帰路に受け取った。故障理由を見て、びっくり。水没ではなく、時計内部が磁気化されていたとのこと。単位は判らないが磁気が25Gって書かれていた。最終的に消磁処理したとのことでした。日常生活の中で、磁気に当ることは考えられないって思ったが、とんでもないことが指摘されました。原因はパソコン、それもノートパソコンを触っているために時計が磁気化されたとのことでした。
救難機を見学するチャンスがありました。きれいはブルー、おなかはライトブルー地の救難ヘリコプターでした。
もしかして先日の教訓は生かされていないのでした。学習しないサービスだな。バクテリアも適者生存で脈々と生きて来ながら学習しながら進化しているのに。教訓を学習できないパターンだ。風評被害が起きそうだ。
波照間島で仕事をしている最中に時計がダメになったと書き込んでいました。本日、故障した時計が修理完了の知らせ。那覇航空基地の帰路に受け取った。故障理由を見て、びっくり。水没ではなく、時計内部が磁気化されていたとのこと。単位は判らないが磁気が25Gって書かれていた。最終的に消磁処理したとのことでした。日常生活の中で、磁気に当ることは考えられないって思ったが、とんでもないことが指摘されました。原因はパソコン、それもノートパソコンを触っているために時計が磁気化されたとのことでした。
救難機を見学するチャンスがありました。きれいはブルー、おなかはライトブルー地の救難ヘリコプターでした。
2006年3月15日 (水)
無事に訓練終了したぁゾォォォォ
本日はラッキーだった。晴天に恵まれ所定のダイビング事故対策訓練が完了しました。今、秘密基地に戻りましたが、気象レーダーでは沖縄本島に大きな雨雲が接近している画像を確認しているのでした。フロントガラスにも雨がポツリポツリと当り始めているのでした。
午前9時に那覇新港を出航、訓練海域の座間味島の安護の浦を目指した。外洋に出た途端、大きなウネリの洗礼を受けた。ダイビングボートで経験している揺れと感触が違うのでした。1000トンの巡視船とはいえ揺れるときは揺れるのでした。先日の大時化時の救援活動に出動した際に、これまでに経験したことがないくらいの大きなウネリに翻弄されたとの話を聞きました。そんな揺れに比べればベタ凪状態に近い海面でしたが、ウネリは残っていました。1時間半の航程で安護の浦に到着、投錨。座間味と阿嘉・ゲルマ、渡嘉敷のメンバーと合流だった。大番狂わせがあった。渡嘉敷が参加しないことになった。今回だけは事前の参加者名簿を作成した段階でマスコミを含んで50名を超えそうだったので、参加希望の安対協メンバーに次回に参加を譲ってもらった経緯があったのでした。
沖縄本島・座間味・阿嘉・ゲルマ、マスコミ、海猿、海保職員が飛行甲板に集合、早速訓練開始のゴーサイン。飛行甲板のスピーカーからは「海猿のテーマ」が流されていた。海保の粋な計らいでスタート。那覇基地のベル212が飛来、着船。ベテランの上席飛行士が機長さんだった。テレビカメラが4台、ずらりと並んだ光景は久しぶりだった。
ダウンウォッシュ体験、ばっちりと激しく風圧と波浪が当っていた。海面からのレスキュースリングでの吊上げ揚収模擬練習、もっと5mくらいまで揚げて欲しかった。ホイストマン、足長さんだったのでスキッドに身を乗り出してのホイストケーブル捌きだった。飛行甲板でのバスケットストレッチャー揚収練習について反復して練習することができました。
今回の大きな成果、それはRS-4(信号弾:4発発射できる)が5本使ったが、一発も不発がなかったことだ。真上に100mくらいの高度まで上がって行きました。ちょうど耐用年数が過ぎたものを使用しました。まだRS-4については、安対協のメンバーでも所持者は少ないのが現実です。ガイドダイバー必須にすべきと思うのですが、費用が1本20000円くらいなのでサービスでは購入に躊躇してしまうのでした。
午後4時前に訓練が終了。慶良間から参加者と別れを告げて、那覇港に向けて抜錨した。途中のチービシではクジラの群れを発見したとの船橋からの連絡。無事に訓練が終了してホッとした。先日発生した真栄田岬での事故の真相って、本当になんだったのだろうが話題になった。アレコレ不可思議な事故だった。
午前9時に那覇新港を出航、訓練海域の座間味島の安護の浦を目指した。外洋に出た途端、大きなウネリの洗礼を受けた。ダイビングボートで経験している揺れと感触が違うのでした。1000トンの巡視船とはいえ揺れるときは揺れるのでした。先日の大時化時の救援活動に出動した際に、これまでに経験したことがないくらいの大きなウネリに翻弄されたとの話を聞きました。そんな揺れに比べればベタ凪状態に近い海面でしたが、ウネリは残っていました。1時間半の航程で安護の浦に到着、投錨。座間味と阿嘉・ゲルマ、渡嘉敷のメンバーと合流だった。大番狂わせがあった。渡嘉敷が参加しないことになった。今回だけは事前の参加者名簿を作成した段階でマスコミを含んで50名を超えそうだったので、参加希望の安対協メンバーに次回に参加を譲ってもらった経緯があったのでした。
沖縄本島・座間味・阿嘉・ゲルマ、マスコミ、海猿、海保職員が飛行甲板に集合、早速訓練開始のゴーサイン。飛行甲板のスピーカーからは「海猿のテーマ」が流されていた。海保の粋な計らいでスタート。那覇基地のベル212が飛来、着船。ベテランの上席飛行士が機長さんだった。テレビカメラが4台、ずらりと並んだ光景は久しぶりだった。
ダウンウォッシュ体験、ばっちりと激しく風圧と波浪が当っていた。海面からのレスキュースリングでの吊上げ揚収模擬練習、もっと5mくらいまで揚げて欲しかった。ホイストマン、足長さんだったのでスキッドに身を乗り出してのホイストケーブル捌きだった。飛行甲板でのバスケットストレッチャー揚収練習について反復して練習することができました。
今回の大きな成果、それはRS-4(信号弾:4発発射できる)が5本使ったが、一発も不発がなかったことだ。真上に100mくらいの高度まで上がって行きました。ちょうど耐用年数が過ぎたものを使用しました。まだRS-4については、安対協のメンバーでも所持者は少ないのが現実です。ガイドダイバー必須にすべきと思うのですが、費用が1本20000円くらいなのでサービスでは購入に躊躇してしまうのでした。
午後4時前に訓練が終了。慶良間から参加者と別れを告げて、那覇港に向けて抜錨した。途中のチービシではクジラの群れを発見したとの船橋からの連絡。無事に訓練が終了してホッとした。先日発生した真栄田岬での事故の真相って、本当になんだったのだろうが話題になった。アレコレ不可思議な事故だった。
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2006年3月14日 (火)
訓練準備だぁ
一昨日の真栄田岬で起きたダイビング事故。一名の方が額を怪我しただけということだが、実際には最後に救出されたアメリカ人ダイバーは片足をケガをしているように見えた。黄色のビニールを巻いていたように記憶している。無事に救助されて結果オーライではなさそうな気持ちがする。
バナナとトマトを買いに前兼久の共同売店に行った。売店の方に言われた。「事故を起こしたのは内地の人のお店でしょ」って質問された。違うと思うよっとしか答えられなかった。あとは事故の内容についても判らないことだらけなのでした。真相はどうなんだろう。地元の方々に言われたのは「何で風廻りするのが判っていなかったのだろうか?」でした。事故の当事者が恩納村以外のお店なので、何とも言えないが真相を説明して欲しいものでした。恩納村のダイビングサービスで集まって、今回の件の問題点を話合うつもりだ。
明日は座間味にてダイビング事故対策訓練を実施する予定だ。例年だと参加者を確保するのに苦労していたが、今回は「海猿」効果だろうか。参加者が多数、50名を超えそうな勢いなのだ。参加者だけでなくマスコミ報道関係者が多数取材に来ると言うことだ。乗船者の制限を加えるということになった。取材陣は一昨日の海保の活躍を取材したことで殺到ということになったのかな。
明日は6時45分に恩納村を出発だ。寝坊しないように!!
バナナとトマトを買いに前兼久の共同売店に行った。売店の方に言われた。「事故を起こしたのは内地の人のお店でしょ」って質問された。違うと思うよっとしか答えられなかった。あとは事故の内容についても判らないことだらけなのでした。真相はどうなんだろう。地元の方々に言われたのは「何で風廻りするのが判っていなかったのだろうか?」でした。事故の当事者が恩納村以外のお店なので、何とも言えないが真相を説明して欲しいものでした。恩納村のダイビングサービスで集まって、今回の件の問題点を話合うつもりだ。
明日は座間味にてダイビング事故対策訓練を実施する予定だ。例年だと参加者を確保するのに苦労していたが、今回は「海猿」効果だろうか。参加者が多数、50名を超えそうな勢いなのだ。参加者だけでなくマスコミ報道関係者が多数取材に来ると言うことだ。乗船者の制限を加えるということになった。取材陣は一昨日の海保の活躍を取材したことで殺到ということになったのかな。
明日は6時45分に恩納村を出発だ。寝坊しないように!!
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2006年3月13日 (月)
3月12日の真栄田岬の救助について
沖縄・恩納村・真栄田岬・深夜の救出劇等のキーワードでテレビに新聞、インターネットと情報が溢れました。自分が事故の一報を聞いたのは、既に海上保安庁のヘリコプターが真栄田岬の崖ぷっちにてホバリングして岩場に避難していたダイバー二名を吊上げ救助した直後だった。救出中のヘリコプターは自分と同じ目線で強風の中でホバリング。北風15m以上の強さで風が吹いていた。完全に風が廻る”二月の風廻り:ニングヮチカジマーイ”は怖い。二月の(ニングヮチ)風廻り(カジマ-イ)、地元の漁師さんも怖がる気象の激変を意味するのだ。
事故そのものへの論評は避ける。事故の側面の救助について現場に居て感じたことを書きます。最初に異変に気付いて救助活動の最初を演じたガイドさんに聞いた話、海況が激変して海面が大荒れ状態。公的救助機関への連絡が、なされていなかったとの証言がある。事故の認識もさることながら公的救助機関への連絡、118・119が最優先となる。あとは現場には”海が荒れたら洞窟に逃げれば大丈夫さぁ”的な発想があったのではないかという指摘もあった。まず事故当事者のニングヮチカジマーイの威力を考えていなかったことだと思う。
二名が海上保安庁のヘリに救助されたあと、裏の畑に着陸して二名の被救助者を降ろした。燃料補給のために那覇基地に戻った。ただ、この時点でヘリコプターからの情報が地上の救助員に伝わっていなかった形跡が伺える。盛んにコパイが岩場の下を指しているのでした。この時点で、二名行方不明とも三名ともの話があった。ただし米軍兵士のダイバーが一名行方不明とのことでした。
現場には日本とアメリカの消防が救助活動に当っている。装備については日本側の装備品は岩場を想定した救助活動ができるスタイルとは違っているように思えた。米軍の消防については、日本人が大半を占めている。EMSもアメリカ基準で対応している。装備品も充実していた無線をひとり一人が装備している。携帯電話も使っていた。米軍関係者が行方不明ということでMPも現場に居た。封鎖線については米軍の英語で印刷された黄色いテープが張り巡られたいた。その後ろに二名のMP。腰に剥き出しの拳銃をホルスターに入れたまま封鎖線を形成していた。沖国大に軍用機が墜落したときのように警備だ。日本の警察官は、その米軍MPが封鎖したテープの内側に二名が立ち番していた。
海保のヘリコプターが潜水士ともに再度、飛来した。崖下をサーチライトで照らしながら捜索だ。日本側の消防が崖を降りる準備だ。でも救難勢力としては人数的には乏し過ぎる。隊員はロングジョンのウエットスーツにTシャツだけとか、足廻りはマリンブーツなんて格好だ。北風が15m以上の強さで吹きつけ、おまけに縛帯も人数分なさそうだ。救助工作車が投光器を高く上げて現場を照らすが、崖下を照らしていないのだ。上空を飛ぶヘリコプターにとっては投光器は眩しくて操縦ができなくなり、墜落の危険性もあるのでした。夜間のヘリコプターと地上の共同の救助訓練は実施されたことがないような連携だ。海保が撮影したビデオには米兵らしい人影が崖したの窪みにいるのが撮影されていた。(今朝のニュースで放映)
最終的には米軍の消防が大半、崖下に下りて一人づつロープを使って引き上げた。大きな寄せ波が激しく打ち寄せる中での救助活動。空軍のブラックホークも救助活動に参加、暗視野装置を使っての真っ暗な中でのホバリング。海保も米軍のヘリコプター、二機ともホイスト装置(吊上げ装置)が機体の右側に装備されている。北風、真栄田岬の崖が機体の後ろという位置だ。切り立った断崖でのホイスト装置を使っての救助は困難を極めているのだ。強風でホイストケーブルがたわむ可能性もあり。後ろに機体を寄せれば崖に接触という位置関係にあるのだ。ギリギリの位置でのホバリングを強いられたと思うのでした。
最終的には大多数の救助者は米軍関係者だ。もし事故者に米兵が居なかったら、米軍の救助機関が捜索に参加しているのかな。今回の事故で日本人だけの救助活動では限界があったように思う。午前1時過ぎに二名が救助されたが、あくまでも米軍の勢力が居たからだと思う。夜間救助活動ができなかった場合は、事故者はヒートロスからハイポサーミアの危険性があったと思う。北風15m以上、濡れたウエットスーツを着用、ウィンドチル状態で低温低下が懸念されるのでした。
羽田救難隊基地からは海上保安庁の特殊救難隊が那覇基地に午前零時半過ぎに派遣された。迎えに海上保安庁の車両が真栄田岬から出発した。救助隊の第一班のバックアップ、第一班が不首尾に終わったら第二班として救助活動を行う予定だった。これは報道されていないことだ。午前1時半過ぎには久米島沖にて中国の貨物船からのSOS信号入電。潜水士を乗せた巡視船は現場海域に直行となった。
今回は米軍の救助活動に感謝です。消防の救助体制には人的にも、装備的にも、限界があることが露呈しているのでした。隣接の市町村からの応援の消防部隊は来なかった。最初から恩納地区の消防だけで救助活動をする予定だったようだ。今後の救助体制の立ち上げ方については、多くの問題・課題が露出した救助劇だった。救助関係者の方々の寒風吹きすさぶ中での徹夜の救助活動。ご苦労様でした。事故は起こさないことが大事なのでした。
事故そのものへの論評は避ける。事故の側面の救助について現場に居て感じたことを書きます。最初に異変に気付いて救助活動の最初を演じたガイドさんに聞いた話、海況が激変して海面が大荒れ状態。公的救助機関への連絡が、なされていなかったとの証言がある。事故の認識もさることながら公的救助機関への連絡、118・119が最優先となる。あとは現場には”海が荒れたら洞窟に逃げれば大丈夫さぁ”的な発想があったのではないかという指摘もあった。まず事故当事者のニングヮチカジマーイの威力を考えていなかったことだと思う。
二名が海上保安庁のヘリに救助されたあと、裏の畑に着陸して二名の被救助者を降ろした。燃料補給のために那覇基地に戻った。ただ、この時点でヘリコプターからの情報が地上の救助員に伝わっていなかった形跡が伺える。盛んにコパイが岩場の下を指しているのでした。この時点で、二名行方不明とも三名ともの話があった。ただし米軍兵士のダイバーが一名行方不明とのことでした。
現場には日本とアメリカの消防が救助活動に当っている。装備については日本側の装備品は岩場を想定した救助活動ができるスタイルとは違っているように思えた。米軍の消防については、日本人が大半を占めている。EMSもアメリカ基準で対応している。装備品も充実していた無線をひとり一人が装備している。携帯電話も使っていた。米軍関係者が行方不明ということでMPも現場に居た。封鎖線については米軍の英語で印刷された黄色いテープが張り巡られたいた。その後ろに二名のMP。腰に剥き出しの拳銃をホルスターに入れたまま封鎖線を形成していた。沖国大に軍用機が墜落したときのように警備だ。日本の警察官は、その米軍MPが封鎖したテープの内側に二名が立ち番していた。
海保のヘリコプターが潜水士ともに再度、飛来した。崖下をサーチライトで照らしながら捜索だ。日本側の消防が崖を降りる準備だ。でも救難勢力としては人数的には乏し過ぎる。隊員はロングジョンのウエットスーツにTシャツだけとか、足廻りはマリンブーツなんて格好だ。北風が15m以上の強さで吹きつけ、おまけに縛帯も人数分なさそうだ。救助工作車が投光器を高く上げて現場を照らすが、崖下を照らしていないのだ。上空を飛ぶヘリコプターにとっては投光器は眩しくて操縦ができなくなり、墜落の危険性もあるのでした。夜間のヘリコプターと地上の共同の救助訓練は実施されたことがないような連携だ。海保が撮影したビデオには米兵らしい人影が崖したの窪みにいるのが撮影されていた。(今朝のニュースで放映)
最終的には米軍の消防が大半、崖下に下りて一人づつロープを使って引き上げた。大きな寄せ波が激しく打ち寄せる中での救助活動。空軍のブラックホークも救助活動に参加、暗視野装置を使っての真っ暗な中でのホバリング。海保も米軍のヘリコプター、二機ともホイスト装置(吊上げ装置)が機体の右側に装備されている。北風、真栄田岬の崖が機体の後ろという位置だ。切り立った断崖でのホイスト装置を使っての救助は困難を極めているのだ。強風でホイストケーブルがたわむ可能性もあり。後ろに機体を寄せれば崖に接触という位置関係にあるのだ。ギリギリの位置でのホバリングを強いられたと思うのでした。
最終的には大多数の救助者は米軍関係者だ。もし事故者に米兵が居なかったら、米軍の救助機関が捜索に参加しているのかな。今回の事故で日本人だけの救助活動では限界があったように思う。午前1時過ぎに二名が救助されたが、あくまでも米軍の勢力が居たからだと思う。夜間救助活動ができなかった場合は、事故者はヒートロスからハイポサーミアの危険性があったと思う。北風15m以上、濡れたウエットスーツを着用、ウィンドチル状態で低温低下が懸念されるのでした。
羽田救難隊基地からは海上保安庁の特殊救難隊が那覇基地に午前零時半過ぎに派遣された。迎えに海上保安庁の車両が真栄田岬から出発した。救助隊の第一班のバックアップ、第一班が不首尾に終わったら第二班として救助活動を行う予定だった。これは報道されていないことだ。午前1時半過ぎには久米島沖にて中国の貨物船からのSOS信号入電。潜水士を乗せた巡視船は現場海域に直行となった。
今回は米軍の救助活動に感謝です。消防の救助体制には人的にも、装備的にも、限界があることが露呈しているのでした。隣接の市町村からの応援の消防部隊は来なかった。最初から恩納地区の消防だけで救助活動をする予定だったようだ。今後の救助体制の立ち上げ方については、多くの問題・課題が露出した救助劇だった。救助関係者の方々の寒風吹きすさぶ中での徹夜の救助活動。ご苦労様でした。事故は起こさないことが大事なのでした。
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2006年3月12日 (日)
リアルタイムレーダー画像だぁ
朝から天気が大きく変わるよって天気予報。パソコンをON、国土交通省防災情報提供センターリアルタイムレーダーhttp://www.bosaijoho.go.jp/radar.htmlを「沖縄」で検索、ウッヒャー長い前線がレーダー画像で確認することができたのでした。天候悪化に巻き込まれないように注意。この情報サイトはありがたい。リアルタイムで気象情報を入手することができるのでした。文明の進歩を楽しんでいるのでした。
午後3時前に風が変わった。南風から北に変わった。雨も降り始めた。天気予報では夜半過ぎってことでしたが、ダメでした。午前中に那覇方面のダイビングサービスはチービシでのダイビングが風が強くて船が出せないとのこと。午後から2本恩納村でダイビングしたいとの連絡があった。慶良間方面では高速船も運航を停止したとの連絡がありました。この季節の突然の風廻り。怖い時節なのでした。
ところで3月15日に慶良間諸島の座間味島沿岸にて海上保安庁との合同のダイビング事故対策訓練を実施する予定だ。沖縄本島から、座間味島から、阿嘉・ゲルマ島から、渡嘉敷島から、それぞれガイドダイバーが集まって一緒に訓練をするのでした。天気が回復することを願っています。
午後3時前に風が変わった。南風から北に変わった。雨も降り始めた。天気予報では夜半過ぎってことでしたが、ダメでした。午前中に那覇方面のダイビングサービスはチービシでのダイビングが風が強くて船が出せないとのこと。午後から2本恩納村でダイビングしたいとの連絡があった。慶良間方面では高速船も運航を停止したとの連絡がありました。この季節の突然の風廻り。怖い時節なのでした。
ところで3月15日に慶良間諸島の座間味島沿岸にて海上保安庁との合同のダイビング事故対策訓練を実施する予定だ。沖縄本島から、座間味島から、阿嘉・ゲルマ島から、渡嘉敷島から、それぞれガイドダイバーが集まって一緒に訓練をするのでした。天気が回復することを願っています。
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2006年3月12日ログ記録
ポイント | 天気 | 風向き | 気温 | 水温 | 透視度 | |
1本目 | ムーンビーチ砂地 | 晴れ | 南 | 23℃ | 21℃ | 12m |
2本目 | ムーンビーチ砂地 | 晴れ | 南 | 23℃ | 21℃ | 12m |
コメント 気象レーダーに600kmくらいの長さの前線が沖縄本島の西方海上に確認できる中でのダイビングでした。風は南風、夕方には北に変わる予報が出されているのでした。とりあえず西の空を眺めながらポイントに移動しました。午前中に二本連続して潜りました。村田は昨日から自分自身のリフレッシュダイビングを開始した。 濁り具合は昨日と同じ、水温は1℃低く21℃だった。深場まで移動、トウアカクマノミ、ネジリンボウを確認した。スミゾメキヌハダウミウシを3個体も背中に付けたダテハゼ、30cmくらいまで接近して観察、老眼レンズの限界で焦点が合わせ難かった。これまでは2個体くらいまでのスミゾメキヌハダウミウシを確認したり、撮影したことがあるが、3個体は初めてだった。 深度10mの平らな砂地に1匹だけチンアナゴを確認。近寄ると穴に潜りそうになるが、全部潜り込むのではなかった。これも1m以内まで寄り付いた。体験ダイビングの際に予備のウエイトを入れた袋を船から投げ込んだが、たまたま砂に潜ったミナミウシノシタの上に落ちていた。ウエイト袋を持ち上げた途端、ダッシュで逃げ出した。背中の紋様が1箇所剥げていたように見えた。心なしか泳ぐ姿は弱々しかった。 ウミウシのシーズンでもあります。じっくり水底を観察することにしよう。 |
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2006年3月11日 (土)
ホェールウォッチングだよぉ
クジラの季節、ホェールウォッチングが盛んな沖縄。昨日は読谷村の楚辺からクジラの潮吹きを確認。親子連れのようだ。10分以上岸から確認することができた。読谷村に行く際は望遠鏡を持参で出かけることにしよう。ところでホェールウォッチングですが、年々盛んになっている。
ホェールウォッチングが盛んになると、こんなことが出て来た。以前はクジラを探しながらボートで海に出た。そのためにクジラの遭遇率は低く、見つける前に船酔いでグロッキーなんてことになった。それでは商売にならないとばかりに、ある仕事が成立した。それは山の頂上に上がってクジラの動向を確認して無線で船に知らせることだ。知らせを受けたボートはピンポイントでクジラに遭遇となるのでした。そんな動きを察知した他の業者は、無線の指令で動き回る船を追いかけることになるのでした。無線での指示は無料ではありません。有料なのでした。連絡を受け取るボート業者が増えれば仕事として十分に採算が取れるのでした。
最近、指令に使っている無線の周波数を調べたのか、偶然知れたのか判らないが、暗号での指令に切り替わったとの噂。携帯電話で教えれば個別に対応できるのになぁ。あとはクジラを追いかけてしまうボートもあとを絶たないとのことだ。クジラも子育てしている最中にエンジン音が五月蝿いのだろう。慶良間水域からお隣りの久米島でも水中で遭遇することがあるとのことだ。
自分の場合は、読谷と残波にて陸上から見ることができました。真栄田岬では水中に潜るとクジラの鳴き声を聞くことができるのでした。でも、そろそろクジラがアラスカ方面に移動する時期になるのでした。ホェールウォッチングも情報戦、暗号の時代に突入した。国家機密がパソコンソフトの影響で、簡単に外部に漏れる時代だ。無線の指令なんて誰かが聞いていることを前提にしなければならないのだろう。
ホェールウォッチングが盛んになると、こんなことが出て来た。以前はクジラを探しながらボートで海に出た。そのためにクジラの遭遇率は低く、見つける前に船酔いでグロッキーなんてことになった。それでは商売にならないとばかりに、ある仕事が成立した。それは山の頂上に上がってクジラの動向を確認して無線で船に知らせることだ。知らせを受けたボートはピンポイントでクジラに遭遇となるのでした。そんな動きを察知した他の業者は、無線の指令で動き回る船を追いかけることになるのでした。無線での指示は無料ではありません。有料なのでした。連絡を受け取るボート業者が増えれば仕事として十分に採算が取れるのでした。
最近、指令に使っている無線の周波数を調べたのか、偶然知れたのか判らないが、暗号での指令に切り替わったとの噂。携帯電話で教えれば個別に対応できるのになぁ。あとはクジラを追いかけてしまうボートもあとを絶たないとのことだ。クジラも子育てしている最中にエンジン音が五月蝿いのだろう。慶良間水域からお隣りの久米島でも水中で遭遇することがあるとのことだ。
自分の場合は、読谷と残波にて陸上から見ることができました。真栄田岬では水中に潜るとクジラの鳴き声を聞くことができるのでした。でも、そろそろクジラがアラスカ方面に移動する時期になるのでした。ホェールウォッチングも情報戦、暗号の時代に突入した。国家機密がパソコンソフトの影響で、簡単に外部に漏れる時代だ。無線の指令なんて誰かが聞いていることを前提にしなければならないのだろう。
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2006年3月11日ログ記録
ポイント | 天気 | 風向き | 気温 | 水温 | 透視度 | |
1本目 | ムーンビーチ砂地 | 晴れ | 東 | 23℃ | 21~22℃ | 12m |
2本目 | ムーンビーチ砂地 | 晴れ | 東 | 23℃ | 22℃ | 12m |
コメント 久しぶりの潜りでした。体験ダイビングの船の定員枠がありましたので潜りに同行しました。体験ダイビングの希望者が多数、本日だけで5回転くらいしているかな。例年に比べると風が南や東寄りから吹いているために海況は比較的安定しているのでした。ラッキーなのでした。 恩納村での潜りは一ヶ月ぶりくらいかな。リフレッシュダイビングとして2回潜りました。3mmフードベスト、6半ワンピースで、全身オレンジ一色の格好。ウエイトは6Kgでエントリーでした。寒さは感じなかった。着底してしばらく周囲を眺めた。透明度が思ったよりも悪かく感じた。サカナの数も少なめに感じた。ユビエダハマサンゴにコブシメの卵が産み付けられているのを確認した。しかし、例年だともっと沢山コブシメの卵を確認することができるのですが、一ヶ所だけしか確認することができませんでした。激減したかな。それともサンゴの活性が乏しいのでコブシメが遠慮したのかな。いやいやコブシメの個体数が激減したのだろう。 砂地の深場に移動して生物観察。それぞれの定点で確認することができた。トウアカクマノミは、いつものようにイソギンチャクよりも5mくらい離れて泳いでいた。体表はきれいだった。世代交代は、まだしていないようだった。ちょっと真面目にフィンキックしてみました。 |
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2006年3月10日 (金)
ココログのメンテナンスにぶつかったぁ。
ココログの緊急メンテナンスにぶつかった。全然更新ができないのでした。結局、一日は更新できずにおりました。ココログの日々更新でしたが、昨日は更新作業ができませんでした。ニフティの責任になるのかなぁ。村田は生きておりますよ。元気でした。何人から電話を頂きましたが、生きておりますよ。
不安定な気象状態です。雨が降ったかと思えば、晴れ間が見え、また土砂降り、コロコロ天気が変わるのでした。座間味島での給水制限が13日から解除されることになった。これまでの少雨傾向が改善されたことで夜間断水を中止するとのことでした。2月に座間味島に宿泊しましたが、ペンションが独自に水を確保してくれていたので不便を感じませんでした。離島では地下水を確保することが難しいのでした。それは陸上部分が小さいために海水の影響を受けるのでした。島によっては地下水を確保することも厳しいことがあるのでした。各家庭では独自に貯水タンクを持っているのでした。とりあえず水の心配が少しだけ遠のいたのはありがたい。
AED(自動体外除細動器)の話題が二点。一点目はアクチャルの出動した際にトレーニング用の電極パッドを使ったためにAEDの機能が使えなかったとのこと。結局、CPRをしながら搬送となったとのことでした。AEDは自分等もCPRに追加して使い方のトレーニングを行っています。現在、自分が所有しているのは本物ではなくAEDトレーナー専用機器です。現在、AHA2000ガイドラインに基づくプロフィールにてAEDはプログラミングされています。ある病院がトレーニング用に使っている本物のAEDを触りました。AED本体の真ん中に液晶ディスプレイがあり、そこに心臓の波形が表示されるようになっています。その機器についてはバッテリーは訓練用がセットされ、電極パッドも訓練用でした。
何故、本番用のAEDに訓練用の電極パッドが入っていたのだろうか。もしかして救命普及活動に使った後に電極パッドを入れ替えるのを忘れたのだろうか。日々の点検が重要なのでした。
二点目は福岡県では県内の全ての学校にAEDを配置することが決まったとのことでした。凄いね。救急救命の現場では、AED特需になっているかな。AHA2005ガイドラインでは、AEDでの除細動は1回だけになり、反応がなければ即CPRとなるのでした。これまでに販売されているAEDのプログラムは変更されるのかな。それとも旧来のプラグラムのままなのだろうか。AEDトレーニングについては、もっと実践に近いスタイルで講習をしなければ。
不安定な気象状態です。雨が降ったかと思えば、晴れ間が見え、また土砂降り、コロコロ天気が変わるのでした。座間味島での給水制限が13日から解除されることになった。これまでの少雨傾向が改善されたことで夜間断水を中止するとのことでした。2月に座間味島に宿泊しましたが、ペンションが独自に水を確保してくれていたので不便を感じませんでした。離島では地下水を確保することが難しいのでした。それは陸上部分が小さいために海水の影響を受けるのでした。島によっては地下水を確保することも厳しいことがあるのでした。各家庭では独自に貯水タンクを持っているのでした。とりあえず水の心配が少しだけ遠のいたのはありがたい。
AED(自動体外除細動器)の話題が二点。一点目はアクチャルの出動した際にトレーニング用の電極パッドを使ったためにAEDの機能が使えなかったとのこと。結局、CPRをしながら搬送となったとのことでした。AEDは自分等もCPRに追加して使い方のトレーニングを行っています。現在、自分が所有しているのは本物ではなくAEDトレーナー専用機器です。現在、AHA2000ガイドラインに基づくプロフィールにてAEDはプログラミングされています。ある病院がトレーニング用に使っている本物のAEDを触りました。AED本体の真ん中に液晶ディスプレイがあり、そこに心臓の波形が表示されるようになっています。その機器についてはバッテリーは訓練用がセットされ、電極パッドも訓練用でした。
何故、本番用のAEDに訓練用の電極パッドが入っていたのだろうか。もしかして救命普及活動に使った後に電極パッドを入れ替えるのを忘れたのだろうか。日々の点検が重要なのでした。
二点目は福岡県では県内の全ての学校にAEDを配置することが決まったとのことでした。凄いね。救急救命の現場では、AED特需になっているかな。AHA2005ガイドラインでは、AEDでの除細動は1回だけになり、反応がなければ即CPRとなるのでした。これまでに販売されているAEDのプログラムは変更されるのかな。それとも旧来のプラグラムのままなのだろうか。AEDトレーニングについては、もっと実践に近いスタイルで講習をしなければ。
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2006年3月 8日 (水)
ノートパソコンが重いのでしたぁ
雨降りの朝を迎えましたが、お昼からは晴れ間が広がった暖かい一日でした。今日も暖かい一日だったのでした。日一日と暖かくなっているのでした。例年に比べると暖かい日々が続いているのでした。
観光地である沖縄、雨が降ると観光客の逃げ場が限られてくるのでした。また雨降りでも、風が吹いている中での降雨が多いために濡れネズミでの観光となるのでした。かといって連日、お土産さんに通い詰めても仕方がないのですね。まあ雨降りの中での観光は疲れてしまうのでした。
パソコンの調子が思わしくないのでした。でも一気に買い換えるわけにもいかないので、丁寧にディスク内のお掃除をするしかないのでした。ノートパソコンについては仕事柄持ち歩くことが多かった。軽量化される世代の前の機種なので、ズッシリと重いのでした。おまけに電源のアダプターも追い討ちをかけるように重いのでした。現在の機種では2kgくらいが大勢を占めているようだ。ネットで調べた結果でした。現在使用しているノートパソコンの延命処置を施すしかないのだろう。
沖縄での辺野古地区での新しい飛行場を作る案については、もしかすると見切り発車して「GOサイン」が出されるような気配がする。地元との意見のすり合わせはしないようだ。最終的には日本政府の責任で建設実行との結論が出されるなるのだろう。様々な振興策が提示されている。振興策ってニンジンなのでした。
観光地である沖縄、雨が降ると観光客の逃げ場が限られてくるのでした。また雨降りでも、風が吹いている中での降雨が多いために濡れネズミでの観光となるのでした。かといって連日、お土産さんに通い詰めても仕方がないのですね。まあ雨降りの中での観光は疲れてしまうのでした。
パソコンの調子が思わしくないのでした。でも一気に買い換えるわけにもいかないので、丁寧にディスク内のお掃除をするしかないのでした。ノートパソコンについては仕事柄持ち歩くことが多かった。軽量化される世代の前の機種なので、ズッシリと重いのでした。おまけに電源のアダプターも追い討ちをかけるように重いのでした。現在の機種では2kgくらいが大勢を占めているようだ。ネットで調べた結果でした。現在使用しているノートパソコンの延命処置を施すしかないのだろう。
沖縄での辺野古地区での新しい飛行場を作る案については、もしかすると見切り発車して「GOサイン」が出されるような気配がする。地元との意見のすり合わせはしないようだ。最終的には日本政府の責任で建設実行との結論が出されるなるのだろう。様々な振興策が提示されている。振興策ってニンジンなのでした。
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2006年3月 7日 (火)
久しぶりに運転しました。
忙しい一日だった。これまでの13日間も車に乗らない生活、徒歩で用事が済む距離での仕事だった。久しぶりにハンドルを握った。58号線を南下、宜野湾までのドライブだった。道路の路肩工事、沿道の垣根の清掃等年度末の予算消化工事かなって穿った見方しかできないのでした。これって精神的な貧困から来るのだろうか。とりあえず混雑している道路を疾走した。ちょっとだけ疲れた。
わが事務所前の道路を女子高生か、大学生くらいのうら若き女性たちがウロウロしている。卒業旅行で沖縄を満喫しているのだろう。女性誌から抜け出たようなファッション、集団で歩く。夜は食堂からの帰りかな。前の中腹に林立しているホテルでは、ベランダで絶景を楽しんでいるのだろうか。騒がしい声が車の音よりもよく聞えるのでした。まあ沖縄は卒業旅行様様状態だ。レンタカーに乗っていないから、高校を卒業したばかりなのだろうか。
卒業旅行の女の子たちが大人数でバス停に留まっていると、必ずすり寄って来る。それはタクシーなのだ。バスを待っているのだろう、その集団に声をかけているのだ。お決まりの勧誘行為なのだろう。禁止はされていないと思うが、傍から見ていて気持ちのよいものでもないのでした。シツコク乗車を勧誘しているのは関心しないのでした。他の島では見れない光景だ。観光立県を標榜している沖縄、もっとスマートなことができないのだろうか。
わが事務所前の道路を女子高生か、大学生くらいのうら若き女性たちがウロウロしている。卒業旅行で沖縄を満喫しているのだろう。女性誌から抜け出たようなファッション、集団で歩く。夜は食堂からの帰りかな。前の中腹に林立しているホテルでは、ベランダで絶景を楽しんでいるのだろうか。騒がしい声が車の音よりもよく聞えるのでした。まあ沖縄は卒業旅行様様状態だ。レンタカーに乗っていないから、高校を卒業したばかりなのだろうか。
卒業旅行の女の子たちが大人数でバス停に留まっていると、必ずすり寄って来る。それはタクシーなのだ。バスを待っているのだろう、その集団に声をかけているのだ。お決まりの勧誘行為なのだろう。禁止はされていないと思うが、傍から見ていて気持ちのよいものでもないのでした。シツコク乗車を勧誘しているのは関心しないのでした。他の島では見れない光景だ。観光立県を標榜している沖縄、もっとスマートなことができないのだろうか。
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2006年3月 6日 (月)
秘密基地にご帰還でした。
久しぶりの秘密基地。ビックリしたのが不在中に送りつけられた迷惑メールの数だった。300通を越えていたのでした。不在にしている途中に迷惑メールの識別を実行してもらったが、それでも300通を超えていたのだ。昨年末くらいからが異常な感じになった。本当にはた迷惑なことだ。善意の通信システムのはずが、とんでもないことになっているのでした。今晩辺りコンビ二デビューかな。学生さんの卒業旅行が圧倒的に多くなった恩納村でした。
今年はお天気に恵まれているようだ。暖かいというよりも暑いのでした。気温が20℃を越えて暑いのでした。モズク関係はホクホク顔のようだ。晴れ間が多いので、どんどん刈り入れしないと成長が早過ぎてしまうのでした。品質管理が難しいのでした。堅くなっては商品価値が低下するのでした。
実は、今回の講習会にはパソコンを持参しなかったのでした。そろそろ寿命かなって状態に陥っているのでした。A4サイズででかくて重いのでした。故障したら”ただの重い箱に”なってしまうと持ち歩くだけで大事なのでした。そのために持参を諦めました。メール送って頂いた方々には申し訳ないと思っています。また不在になるのでした。
お詫びです。ブログについては携帯電話でのメール送信にて日々、更新をしていますが、表紙の日時についてはパソコンで変更しないとなりません。そのために不在にした日のままで中身だけが更新されているのでした。お詫びします。
今年はお天気に恵まれているようだ。暖かいというよりも暑いのでした。気温が20℃を越えて暑いのでした。モズク関係はホクホク顔のようだ。晴れ間が多いので、どんどん刈り入れしないと成長が早過ぎてしまうのでした。品質管理が難しいのでした。堅くなっては商品価値が低下するのでした。
実は、今回の講習会にはパソコンを持参しなかったのでした。そろそろ寿命かなって状態に陥っているのでした。A4サイズででかくて重いのでした。故障したら”ただの重い箱に”なってしまうと持ち歩くだけで大事なのでした。そのために持参を諦めました。メール送って頂いた方々には申し訳ないと思っています。また不在になるのでした。
お詫びです。ブログについては携帯電話でのメール送信にて日々、更新をしていますが、表紙の日時についてはパソコンで変更しないとなりません。そのために不在にした日のままで中身だけが更新されているのでした。お詫びします。
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2006年3月 5日 (日)
溺者は重かったぁ。重いゾォ
ダイバーレスキュートレーニングで海に出た。これまではレスキューになると海は大荒れだった。今日は晴天、ベタ凪だった。場所は外離島のリーフ際。普段はポイントとして使っていない水域でのトレーニング。水深は11mと深かった。本日は、水没溺者のマスク内が水没したダイバーを想定した引き上げ技術も組み込みました。溺者役は当然、私でした。船への引き上げは、舷が高い船だったので、溺者引き上げは1対1ではできないことが検証で明らかになった。2対1では何とかロープを二本使って引き上げたが、重かったようだ。当然ですね。
2006年3月 4日 (土)
あれ訓練かな。それとも実践ぇ
酸素講習中に聞き慣れた爆音。最初は建物の中からは機体が見えなく爆音が遠ざかっていった。高度をとって機体が戻ってきた。鳩間島上空から降下、バラス島近くでホバリングを開始。上原港からバラス島が見える。もっと高度を下げないかなって。強い風に機首を向けてピシャッリと安定したホバリングだったかな。海面から海水が舞い上がっていないが、もっと高度を下げるかなと期待したが、ホバリングしたままだった。最初は何かあったかなと思ったが、とりあえずアクチャルな状態でもなかったようだ。ベル412訓練飛行中だったかな。
2006年3月 3日 (金)
西表に到着
今日から西表島です。午後7時から講習を開始して10時に終わりました。今回はダイビングだけでなくカヤック関係者も参加してくれた。12名でした。参加してくれたかたには感謝しています。学生さんのお休み時期に重なって仕事が忙しいにも関わらずです。実は、小浜島から人工呼吸トレーニング人形(全身像)を1体づつ持っての移動でした。ついついどっこいしょと掛け声をかけながら持ちました。自動除細動機器も持ち歩きでした。酸素キットは酸素シリンダーなしの供給機器は前日に郵送した。大原からマイクロバスでガタゴト移動した。
2006年3月 2日 (木)
プチ島内観光したよ。
小浜島内をブラリと回ってみました。昼食を食べたあとでした。これまでは宿泊施設と食堂の間だけしか移動していなかったので島の状況を把握したくなりました。時間的には30分もかかりませんでした。高級リゾートホテルが2ヶ所、あとは改修工事中のホテルも覗いてきました。ここのホテルはコテージ風でした。沖縄本島にあるリゾートホテルとは違っているのでした。島の景観を損なわないのでした。時間がゆったりと過ぎていくような錯覚に陥る感じでした。あとは朝ドラマの「ちゅらさん」の舞台になった「こはぐら荘」も見てきました。
2006年3月 1日 (水)
海は大荒れだぁ
小浜島2日目、全国的に大荒れ模様だ。この大荒れ状態だと波照間からの移動はできなかったと思う。移動に際してはラッキーだった。この天気は3日くらい続くのだろうか。寒いのでした。終日ワークショップでした。参加者はかつての教え子たちでした。10年以上の歳月を経ていたが、懐かしかった。心肺蘇生法の技術は錆びていなかった。二階からはヨナラ水道が一望することができた。大荒れだ。気温もグッと下がった。細長い島なので、どの方向を眺めても荒れた海域しか見えないのでした。明日の荒れ具合では海洋実習は中止するかもね。