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2006年6月23日 (金)

慰霊の日

6月23日、沖縄にとっては組織的な戦闘が終了した日。慰霊の日なのでした。学校関係は一斉にお休みとなっている。1945年(昭和20年)、61年前だ。昨年は60周年の記念ということで新聞やテレビも、様々な戦争中の記録を報道した。今年は辺野古地区への基地移設問題で大揺れだったが、4月以降、その話題も沈静化の方向でいる。あくまでも沈静化であって根本的な解決策が提示された訳でもないのでした。

 地元出身者に、今日は何の日かぁって尋ねたが、「?」を捻っているものもいました。返ってきた言葉は「何で小学生が野球しているのか、判らなかった」って。そう慰霊の日ということでお休みだったのでした。戦争の記憶の風化。急速に風化の傾向になりつつあるように思うことが多々あるのでした。正午には南の方角に向かって黙祷しました。

 6月25日は1950年(昭和25年)に朝鮮半島で北朝鮮側からの侵攻で戦争が始まった。おりしもテポドン2号の打ち上げ間近の情報が錯綜。燃料も注入済みとの情報まである。それに付随してミサイルは一旦燃料を注入すると発射することが大前提になっているので、抜き取ることができないのではとの情報までささやかれているのでした。アメリカはミサイル迎撃用のシステムを作動させたと告知。恩納村のお隣りの嘉手納基地でもミサイル迎撃用のパトリオットの改良型を配備するとのお話もある。
 本来、航空基地や弾薬庫や戦略上は、最初に叩かれる場所とされている。そのための防護体制が敷かれているのは当然と考えていたが、何で改めて迎撃システムについて言及しているのだろうか。抑止力としての発言なのだろうか。さすがに慰霊の日、ジェット戦闘機の爆音や聞えなかったが、大型輸送機が1機だけ嘉手納への着陸コースを降下していった。空は静かだった慰霊の日でした。

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