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2009年7月 9日 (木)

日帰り東京でした

日帰り東京往復でした。ジャンボを期待していたのですが、先日のラストフライトで日本の空から消えたのでした。767型機だった。二便とも満員だった。

 恩納村を6時起きでスタート。車で那覇空港。朝一便だから、のんびり行けるかなって思ったが、甘かった。旅行者にとっては、朝早いのは当たり前なのでした。朝一番ということは午前11時には東京につきますので、サラリーマンなら昼食後の午後1時から仕事ができます。営業は、午前中にもできますね。

 モノレールと電車は5年ぶりかな。4月は直接、空港からホテルまでの直通のリムジンバスだった。モノレールや電車は、時間が分刻みに運行されているので所要時間が計算できるのでした。さすが大都会だ。でも、一旦トラブルが発生すると遅れが大変の事態を引き起こすのでした。

 午前11時に待ち合わせだったが、今回の計画の張本人さんが人身事故の影響を受けて30分遅れで到着したのでした。一つの路線が駄目でも、代替案としての選択肢が選べるのでした。沖縄だったら、アウトだと思います。1時間は待たされるかなって。

 官庁です。今回の仕事は厚生労働省に医療用酸素の沖縄県の場合を説明に行きました。官庁への出入りには、驚いた。まず道路から正門を通過する際、最初の関門があるのでした。身分証明書の提示。自分には身分証明書としては運転免許しかない。あとは名刺かな。でも顔写真付きは運転免許しかないのでした。あとは名刺か、JCUEや安対協の会員証です。これらも顔写真は貼り付けられていなのでした。

 30日に那覇軍港に入る際の身分照会は、運転免許証でした。運転免許がなければダイビングのCカードやクレジットカード等が二種類提示できれば大丈夫だった。正門から入場。次に面会予約の有無の確認。今回は6名だったので代表者がガードマンと対応して入館票を作成してもらうのでした。入館票をもらったが、すぐに階上に上がれるのではないのでした。

 つぎはエレベーターの前に入館票に入っているICチップを駅舎にあるのと同じような機械にかざして、OKであればゲートが開くのでした。昔の霞ヶ関では、正門さえ通過できれば省庁内に立ち入ることができたのですが、様々な問題が発生したので、入場管理が厳しさを増した。

 アメリカ大使館への入場も厳しかったことを思い出した。

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