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2009年7月 7日 (火)

古い技術・・・・

蝉時雨。夏の風物詩。梅雨明けくらいから蝉時雨が聞こえ出した。恩納村も徐々に都市化しているからだろうか。駐車場のコンクリート柱に蝉を発見した。何年ぶりだろう蝉を掴んだ。まあ、そのまま逃がしてあげました。3cmくらいの透明な羽を持った蝉でした。馴染みなのはアブラ蝉だが、遠い昔のお話だ。

 潜水器材の進化とともに潜水技術も部分的に変化します。自分がダイビングを覚えたのは、1970年代半ばだ。現代に比べるとダイブコンピュータがなかったかな。BCは存在していた。1976年のITC受講時に、BCをレンタルさせられた。当時の受講生は、誰もBCを持っていなかった。クレッシー社の赤っぽい色のBCでした。型式としてはホースカラータイプでした。ただし、給排気用の蛇腹ホースはついていなかった記憶があります。

 BC本体についた給気ボタンを左手で押しながら給気して、右手で過圧防止弁の作動バルブをコントロールして排気した覚えがあります。課題は、中性浮力をとり、フィンを動かさないで中層停止。18mから給気しながら浮上して10mくらいから排気、フレアリングの姿勢をとりながら浮上スピードをコントロールして3mで停止せよ。水面に浮上したら駄目よって。

当時、誰も使ったことがないBCでしたが、与えられた課題をこなすことが精一杯でした。ビビリながらBCに給気、排気ボタンを過剰に押し過ぎて浮上スピードを得るまでに至らなく、あえなく墜落していったことを思い出しました。

 10mからのフリーアセントという技術も実践させられました。それまで散々、海洋公園の50m塩水プールでタップリと泳ぎこまされてヘトヘト状態なのですが、それでも海洋でのトレーニングが続くのでした。あまり、泳ぎ過ぎて膝の裏、スーツ内の空気が動いて膝の後ろに集まってスクィーズを起こしていた。当然、出血して血だらけだったことも思い出した。

 当時の潜水器材の信頼性が乏しい時代だったので、自力で泳ぐこと。浮かぶこと。それは基本中の基本として当たり前と理解していた。その他に潜水技術にも時代を感じることがあります。それは次の機会に・・・・。

 

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