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2017年6月23日 (金)

慰霊の日。ダイバー行方不明に

 慰霊の日。昭和20年6月23日は土曜日。米軍が沖縄本島に上陸したのが4月1日(日)だった。延べで84日間の戦闘が続いた。ただ、本格的な組織的な戦闘が終結しただけで、実際は8月15日のポツダム宣言の受諾まで散発的な戦闘があった。恩納村から北部の山岳地帯での戦闘だった。

 沖縄県だけの特別な日ということで沖縄県内の国の行政機関を除いた市町村の役所や学校等が、祝日となっているのでした。那覇以南の道路では平和の礎や、その周辺での慰霊祭が催されているのでした。交通渋滞が予想されている。夕方、酸素充填に行ったが、普段になく大湾交差点から嘉手納の道の駅方面が大渋滞だった。逆に嘉手納道の駅から嘉手納ロータリーの道はスイスイだった。道一本の選択での違いを痛感した。

 22日に水納島にてダイバーが行方不明となったニュースをfacebookで知りました。何があったのだろうか。単独潜水だった。季節の変わり目。ちょうど沖縄気象台が梅雨明け宣言をした。南風が強く吹くようになっているので、潮流にも変化があるようだ。ケラマ方面でも、潮が読めないので船長等は、ポイント選択で苦労しているとのことでした。行方不明になって24時間以上が経過した。捜索範囲は、通常の潮の流れだけではなさそうな気配もあるのでした。

 昨年の11月14日にダイバーの行方不明になっています。まだ見つかっていないのでした。本部半島に瀬底島、水納島、伊江島と複雑な地形を形成している地域でもあるのでした。大きな流れがあるので、島々に当たって複雑な反流が形成される可能性もあるのでした。

地元のダイビングサービスも捜索に参加しているとのことですが、23日になっても発見されていないのでした。明日には、見つかって欲しいのでした。

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2017年6月22日 (木)

梅雨明け プリンター買い替えました

 午前11時に沖縄気象台は、梅雨明け宣言を出しました。真っ青な空が広がっています。ホッとしました。これからは熱中症に注意しなければなりません。6月でも気温の差が10℃くらいありました。身体が暑さに順応していないのでした。温度順応に一週間くらいかかるかもしれない。

 これからは内地が、本格的な梅雨時期です。今年の沖縄での梅雨末期の土砂降りは猛烈な雨と風でした。沖縄で経験した雨の降り方でも、この何年間でも経験したことがなかった。1日の雨量が100㎜や150㎜、200㎜とかの降り方が、内地でも起こり得ることになります。恩納村でも大雨・洪水警報が発令されていました。

 10年間使ったプリンターを交換した。予算の都合でコピー機能と読み取り機能が付いていないプリンターを購入しました。印刷機能でも両面印刷が可能な機能だけ優先しました。予算が厳しかったの機能が整った複合型は諦めました。電気屋さんに古いプリンターを持参して処理してもらい、新品のプリンターを受領して来ました。デジタル時代なので、プリントアウトすることは必要最低限にすれば宜しいのかもしれないのですが、書類を見ながら作成する必要があるので、どうしてもプリンターが必要になるのでした。

 プリンター用のインクについては、同じ種類にする必要があるのでインク番号を電気屋さんに伝えて、同じインクが使えるプリンターを探してもらいました。プリンターを買い替える際に在庫のインクの数を確かめて無駄にならないようしました。あとはメーカー純正を使っています。前回、プリンターを買い替えた際にメーカーが違うものを買ってしまい、インクの型式が全然違うのでした。インクの在庫を考慮せずに買い換えてしまった苦い経験があるのでした。使えなくなったインクは、知人が持っているプリンターに適合していたので、そっくり無料で譲りました。

さぁ沖縄方面が梅雨明け宣言。暑さになれるまで無理をしないようにします。

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2017年6月21日 (水)

一瞬、緊張しました豊後水道での地震

 早朝から沖縄自動車道を南下した。びっくりしたことがある。それは石川インターと沖縄北インターの間の交通事故現場を通過した。事故が起きた直後だったかもしれない。石川インターを通過する際に電光掲示板に事故情報ありと掲示されていた。てっきり事故処理中かなって、走行車線を南下した事故現場に接近。走行車線を二台の事故車が塞いでいた。速度を落として通過した。チラッと見たが、警察も救急車も道路公団の車両も未着だった。迂闊に高速道路に車を停めて違反切符でも切られても嫌なの通過した。大きなケガがないことを祈るのみでした。

 昨晩は就寝準備してたら地震速報があった。大分県の豊後水道での地震だった。震度5とのこと。一瞬、津波が発生しなければと思った。でも、津波の心配なしとのことでホッとした。九州方面での地震情報は、いつでもドッキとします。熊本、福岡、大分、鹿児島等の地域では、大きな地震が発生しているのでした。縄文時代に噴火した鹿児島から種子島の間の(鬼界カルデラ)。海底カルデラ地域の地震と噴火の再発が気になるのでした。

 http://saigaijyouhou.com/blog-entry-14273.html の情報は注意を要する。



 梅雨前線が北上して九州方面や本州方面でも大雨が降っている。自分等が沖縄で経験した24時間雨量が200mに達するような雨量を含んだ雨雲が、そのまま北上している。沖縄本島が水没してしまうのではと思う位の大量の雨だった。地盤も緩んでいる中での大きな地震。崖崩れは起きなかったのは幸いでした。沖縄の場合は、台風の真最中に大きな地震と津波等がトリプルで発生する可能性もあるのでした。

災害は忘れた頃にやって来る。

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2017年6月20日 (火)

標高40m以上は

 昨日までの土砂降り、尋常ではなかった。1日の雨量が猛烈だった。昨日は午後から西原町の琉球大学病院の高気圧治療部にいたが、頻繁に西原町の緊急通報がなっていた。自分も含めて数名のスタッフや看護師さんやME技師さんらの携帯が鳴り出した。避難準備の命令だった。大学病院は高台にある。標高は139mだ。昨日は雲に覆われていた。

 傘を差していたが雨風が強くズボンの膝から下は、ずぶ濡れ状態だった。パソコンはディパックにいれていたのでディパックの生地も濡れた状態だった。幸いにも二重にパッキングしていたので中身は無事でした。沖縄県内の主な医療機関の標高の記録があったので紹介します。大規模災害が発生した場合、地震後の大津波が30~40mと想定されているが、実際に災害が発生した場合の生き残る医療機関はって考えてしまうのでした。

 http://www.pref.okinawa.jp/site/hoken/seishinhoken/documents/22byouinkaibatu_1.pdf 

 

島の地形を考えての防災対策として、最悪の状態を想定して地震の発生と、それに伴う生き残る拠点は、どこかって。意外だったのは、沖縄県庁の標高が5.9mだった。何か壷川方面からは移動するとANAのハーバービューホテル方面に上り坂になっているので、そのまま高台になると錯覚してしまうのかもしれない。県庁や警察本部等も同じことになる。電源施設は地下だったように思う。地下駐車場が2階建になっている。日中では満車に近い状態とになるから大きな被害が発生する可能性もあるのでした。

 同様に標高50mを超える医療機関は、いくつあるかな。ホームページで公開されている資料を基に数えみます。あとは医療機関が生き残っても、島国なので外部から救援対応は航空機が大半になるかもしれない。海抜ゼロmに限りなく近い那覇空港がアウトになったら、普天間飛行場(標高75m)に嘉手納飛行場(44m)があるか。嘉手納飛行場は海に面しているので海抜30~40mくらいはダメになる可能性もあるのでした。となると生き残るのは普天間飛行場だけかな。重要な救援拠点になるのでした。

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2017年6月19日 (月)

相変わらず大雨洪水警報発令中でした。

 午前中は組合の仕事に忙殺された。午後から大学に移動。外は土砂降りだった。一般道を通っていたら2時間以上かかりそうなので沖縄自動車道を使った。自動車道までの道も滝のように道路を雨水が流れて行った。路肩の水溜りも延々と続いていた。軽自動車レベルではブレーキに支障が出るのではないかと心配になった。結局は大学に到着しても、すぐに車外に出るのは大変でした。石川インターから北中城インターまで時速は70~75㎞くらいの速度で移動した。ワイパー全開にしても雨脚が早いのでした。

 北中城インターから大学病院までは起伏のある道だ。丘陵地帯を抜けて行く道路なので、路肩を雨水が大量に流れているのでした。まさか土砂崩れでもないだろうが、雨水に泥水が混じっている箇所が何か所かあった。一瞬、ドッキリでしたが、無難に通過した。アップダウンがあるので速度を出すのは怖い感じがするのでした。片側一車線の道路でした。昨日は、曇り空でしたが、一転して土砂降りでした。

 梅雨末期の雨の降り方は尋常ではなかった。戦時中の沖縄戦での米軍側が撮影した映像には、大雨が降り続き軍用トラックや戦車が泥水に埋まって動けない状態だったり、チェーンをタイヤに巻いて走っていた。兵士の塹壕には大量の雨水が溜まっている中で生活しているのも見たことがあった。

イージス駆逐艦の損傷具合は、水面下の船体にコンテナ船の水面下の船首、長く伸びたバルバスバウ部が突っ込んだので水面下に位置していた兵員室や艦長室、エンジンルームにも速攻で浸水した経緯があるそうだ。そのために一瞬にして7名の乗組員の方々が亡くなる原因となった。すでに米海軍の高官から7名の名簿が公開された。コンテナ船の速度を効率よくするためにバルバスバウ方式を取り入れている。かつての戦艦大和や武蔵、航空母艦の信濃等が採用していた。超大型船でも水中の抵抗を極力少なくするために考案されたシステムだ。ご冥福をお祈りします。

 さて、雨降り、いつまで続くかな。そろそろ梅雨前線が北上して欲しいのでした。

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2017年6月18日 (日)

イージス駆逐艦とコンテナ船衝突事故

 何かと物議をかもしたAKB48沖縄総選挙直前の中止の翌日の日曜日。恩納村の天気は曇り空だけで雨は振りませんでした。昨日までの雨風は、どこにいったのかな。座間味方面では海が時化て高速船にフェリーも欠航したとのことでした。昼間だけでも雨が降らなかったのは幸いだった。

 アメリカ海軍のイージス駆逐艦と民間のコンテナ船の衝突事故。米海軍のイージス駆逐艦の右舷側にぶつかった。事故原因は、これから調査が始まる。それにしても駆逐艦の破損の程度と犠牲者が多数出ている。公式な発表では負傷者が3名、亡くなった兵士が7名。当初は、7名が行方不明とのことだったが、横須賀軍港に曳航され本格的な船内の捜索で7名の行方不明者が発見された。衝突の衝撃で駆逐艦の艦橋と船室と機関室等が破損し、浸水したままになっていた。

 単純なことだが、軍艦である駆逐艦の構造というか、破損状況は驚きを隠せない。意外にもコンテナ船の船首が当たっただけでも、それなりの破損状況だ。ミサイルや砲弾での攻撃を受けた際の防御能力は、どうなんだろうか。かつてフォークランド紛争の際に英国海軍の駆逐艦のシェフィールドがアルゼンチン海軍の放ったエグゾセミサイル一発で撃沈された事案が頭に浮かんだ。

 意外な脆弱性があるなって。シェフィールドは船体の重量を軽くするためにアルミを使っていた。その戦訓をもとに駆逐艦に使う素材も変更されたのではと思うが、今回コンテナ船が側面から衝突した反動での米海軍の駆逐艦の破損状況は驚きの限りだ。軍艦は頑丈だ。ではなくあくまでも先制攻撃能力が優先されているために船体の脆弱性をカバーしているのだろうか。

亡くなった方々のご冥福を祈ります。

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2017年6月17日 (土)

日本救急学会 九州地方会でした

 まるで台風のような天候の中、宜野湾コンベンションセンターにて開催されている日本救急学会九州地方会に行って来ました。同時に開催されたのがシャープの展示会だ。ラジオでも宣伝していた。土砂降りの中、駐車場は満車状態だった。誘導員の方々は、土砂降りの中、雨合羽を着て仕事をしておりました。海沿いなので雨風が尋常でなかった。横殴りの雨風なので傘は役に立たずでした。ご苦労様です。

 学会は、あくまでも地方会なので参加者は少なかったかも。先週は関東地区の高気圧環境・潜水医学会だった。それに比べると参加者は多く、協賛している医療器材メーカーの展示もあった。まずは会場での参加申込だ。学生証を提示したら参加費は無料だった。参加証は自分で手書きして胸からぶら下げ口演会場に入った。自分と一緒に仕事をしているメーカーの方の口演を聞くことができた。

 救急学会なので医療機関や消防関係もいるかなって会場を見渡したが、医療関係者の医師や看護師の方が殆どの印象だった。会場の裏口には救急車が2台かな待機していた。デモンストレーションのためかな。制服を着た隊員が何名か居たが、自分の教え子ではなかった。口演会場の向かいにはポスター発表展示があった。九州地方会なので昨年に発生した熊本地震での災害救援での諸問題が話題となっていた。

 プログラム・抄録集は販売されていた。1000円でした。購入しました。学会での口演内容を把握するためには必要な資料だ。演題数は多い。これが本学会だったら、もっと分厚くなるのだろうと想像した。

医療資器材では、事故を知らせる位置確認システムの展示もあった。先日のドタクーヘリ事例検証会でも公開されたようなシステムだ。より迅速に対応するための位置情報システムだ。デジタル通信とGPS等の技術の融合の結果だ。興味深かったものに心臓マッサージの器械ですが、酸素ガス圧を使うシステムと酸素を蘇生に利用するシステムを合体させた器材も展示されていた。担当者の方と名刺交換させてもらった。酸素シリンダーについては軽量化を図ったFRP繊維で作られたサイズは8リットル位の大きさだった。自分も以前にFPRシリンダーを持っていた。2リットルだった。今回の8リットルサイズはお値段は14万円とのこと。実際に持ってみましたが、軽かった。

 良い経験になりました。

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2017年6月16日 (金)

AKB48総選挙は沖縄での開催が中止となりました。

 梅雨真盛り、先週は空梅雨だって書いていたが、今週になってから土砂降りと雷の洗礼を受けている。夏場のダム貯水率が心配されていたが、これまでの降雨でバッチリ満水になるようだ。渇水対策もひと安心です。

 さて、今朝の話題は、糸満のビーチで開催予定だったAKB48の屋外での総選挙の開催中止が決定された。ビーチでの総選挙開催中の降水確率の高さや落雷の危険性を考慮して中止の決定がなされた。さあ、総選挙に大挙押し寄せるはずだった観客の皆様、どうするのだろうか。宿泊や航空券のキャンセルが大量に発生することになりそうだ。

 宿泊先や飲食関係では、AKB48の総選挙を当てにして大量に食材を仕入れているだろうが、開催中止が決定された場合は、食材はどうなるのだろうか。また、航空券のキャンセルは有料になるはず。降水確率が高いために予約していた方々はキャンセルするか、それとも沖縄旅行に切り替えるかな。

 大きな催し物を実施する際は、とくに屋外で実施する場合は天候に左右される。昨年だったかな、今回の会場では落雷事故が発生した経緯があるのでした。幸いにも現場のライフセイバーの迅速な対応と救急対応が有効に機能して落雷に遭って負傷したお客さん全員が社会復帰したと聞いた。実際に落雷事故が発生した事例があるので、危機回避としては中止の決定は当然と言えるのでした。

 旅行会社、レンタカー会社、航空会社、ホテル、飲食関係等々は、キャンセル対応に大変かと思います。経済波及効果は、どうなんだろう。今年の春先のプロ野球のキャップの経済的な波及効果は190億円とのことだ。中でも阪神関係では39億円とのことだった。キャンプ関係に携わる人達の給与にも反映されたとのことでした。

宜野座での阪神キャンプは、周辺の出店等も充実しているとのことでした。自分は、キャンプ場の近くを通過するだけだった。週末のお天気は、如何になるだろうか?

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2017年6月15日 (木)

週末は沖縄で学会だが、宿泊施設が足りないって

 小雨の一日かなって覚悟していたのですが、少しづつ曇り空になりました。名護市では、この3日間で429㎜を超える雨量が記録された。台風2号が中国大陸で熱低に変わった際に大量の雨雲を残したお蔭のようだ。この夏は渇水対策は大丈夫だ。ダムの周辺にも大量の雨が降ったので、時間の経過と共にダムに流れ込んで来ます。現在のダムの貯水率は85%を超えるようだ。週間天気予報では、まだまだ雨マークが続いているのでした。さて、本格的な梅雨明けは6月20日過ぎになりそうだ。週末は雨マークだった。

 週末では、救急学会の九州地方会が開催される。知人が口演する予定だ。聴講の予定でいます。この学会ですが、AKB48の総選挙が糸満で実施される。AKB48の強烈なファンが先取りとして宿泊施設を抑えてしまったのでした。そのために学会関係者は、宿泊施設の確保に奔走しています。残っているのは3万円前後のリゾートホテルしかないようだ。さすがに学会で一泊3万円では、経費が出ないご時世だ。宿泊施設の確保。学会関係者にとっては至難の業となっているとのことでした。医療機器メーカーでも、一泊3万円は無理とのこと。全額を自腹か、差額を自腹にするかだ。

 自分も学会が開催されるのは大半が内地となっている。航空券の手配と共に宿泊施設の確保。それに空港からの宿泊施設へのアクセス。宿泊施設から学会会場までのアクセスも確保する必要があるのでした。インターネットにて調べることができる。予約も可能になる。今回苦労したのが、禁煙部屋を確保することが難しかった。交通の便を考えるとベースになる宿泊施設を決めてからアクセスとして電車かバス、それかタクシーという選択肢を決めます。東京都内ではJRか私鉄、それに地下鉄の選択肢となるが、地図を頼りに駅を確認しますが、結構判り辛いのでした。基本的なルートと乗り換え駅等を書き出しておきます。判らない場合は駅員さんに資料を見せて行き方を教えてもらうようにしています。

 週末の学会、雨降りの状況も心配になるのでした。

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2017年6月14日 (水)

浦添総合病院でドクターヘリ検証会でした。

 朝から雨と雷の猛威に晒されています。台風のような雨風だった。土砂降りになっている。所用で沖縄自動車道で西原まで移動。高速道路も道路冠水気味になっている箇所が何か所かあった。速度は80㎞位で走行している。バンバン追い越されているのでした。軽自動車でも90㎞以上で飛ばしていくのでした。

みなさんハイドロプレーニング現象ってしらないのだろうか。雨水が溜まった状態での、万が一にもブレーキを踏んだら、止まるまでの制動距離が長くなるのでした。場合によっては横滑りするのではないかと心配になります。皆さん命知らずなんだなぁって思いました。沖縄では車のタイヤの摩耗度が比較的ツルツル状態に近いになっている。スピードをだしている場合は、そう簡単には止まらないのでした。

浦添でしたので起伏が多いので道路にも川のようになっている箇所があった。ドクターヘリ事例検証会、立ち上がった頃から参加させてもらっている。浦添総合病院でのドクターヘリ運航開始当時から参加させてもらっているのでした。初代のドクターヘリの責任者の方から参加せよとの指令があったのでした。

事例検証会の次は救急自動通報システムの説明会がありました。車体に発信装置を取り付けて交通事故に遭った場合に自動的に情報を発信するシステムだ。車載のEDRという装置。車の製造会社によって若干の違いがあります。システムによってはドライバーのスマートフォンとブルートゥース接続しているホンダ車は、純正のカーナビを装備していることが条件となっているようだ。トヨタは上級車に装着しているとのことだ。トヨタは今後、全車種に積む予定となっているとの説明でした。

交通事故での死亡率を減らすことを目的にしている。実際の交通事故のシミュレーションを行っています。あくまでもシミュレーションですが、画期的な通報システムになっている。

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2017年6月13日 (火)

梅雨末期の洗礼

 昨晩から強烈な雨と雷の襲来。那覇市内で打合せを終えて恩納村に戻った。途中の読谷村喜名にて給油の予定だった。那覇を過ぎた浦添から宜野湾の一部では多少の雨の洗礼を受けた。沖縄市やうるま市、嘉手納や読谷村方面では遠雷の稲光が見えて。夜間なので、意外にもきれいに見えた。路面は濡れた状態だった。法定速度以下で進んだ。路面が濡れているので白い車線が見えにくいのでスピードを抑えた。

 嘉手納から読谷村に入ると普段よりも暗く感じた。あれって嘉手納弾薬庫方面の丘陵地帯では遠雷のピカピカと稲光が見えた。落雷が原因なのだろうか停電だった。途中で給油予定の24時間営業のガソリンスタンドが消灯している。道路に面した出入り口にはロードコーンが置かれていた。24時間営業のスタンドが午後11時過ぎに閉鎖されていた。給油を諦めて帰宅した。

 ピカピカゴロゴロと遠雷の音、早朝から雨の音。気象レーダーを確認したら、とんでもなかった。沖縄本島がスッポリと雨雲、それも大量の雨粒を含んだ色分けされて表示されていた。雷発生状況も併せて確認したら、発雷の赤いマークがビッシリだった。朝早くから北部へ移動だった。昨晩の給油できなかったので、給油してから約束の地へ向かった。大雨が降っている中での北部への移動は、道路冠水を覚悟したが、大丈夫だった。

 北部での打合せと視察を終えて戻った。途中にコンビニに寄った。惣菜や冷蔵機能がオープンスペースの棚から、ほとんどの食品類がなかった。一瞬、商品の入れ替えのタイミングだったかなって。店員さんに聞いたら、昨晩の落雷による停電の影響で冷蔵庫がアウトになって商品がダメになって廃棄処分となったようだ。自分の生活領域では、停電はなかったのでホッとした。午後からは晴れ間が広がり、気分爽快で戻ってきました。

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2017年6月12日 (月)

梅雨明けは、まだまだでした。

 梅雨明けを勝手に宣言しているかのような独り言が多かったかと思います。幸いにも東京や千葉では真夏日だったのですが、空調の利いた施設での学会でしたので暑さ知らずに過ごせました。夕方以降の東京駅周辺ではカラッとした梅雨時期特有の肌のべた付きもありませんでした。午後便、定刻よりも30分程度の遅れの中で沖縄、那覇空港に着陸。機外でるとムワーンとした暑さを感じさせる湿気に遭遇した。

 今朝からは雨模様だ。午後から那覇市内で打合せがありますが、沖縄気象台の気象レーダーの画像をチェックしながら外出だ。今日は雨傘が必要な一日になりますね。路面が濡れて滑りやすくなっているので運転は要注意です。慎重に運転します。梅雨明け前の土砂降りと落雷の影響を受けることになります。

 例年では6月20日前後が、沖縄での梅雨明けの時期となっています。今年は梅雨明けが早いかもなんて話もありました。が、週間天気予報では、今週は週末まで曇りマークと雨マークが横一列に並んでいました。太陽マークはありませんでした。ちょっと梅雨明けはお預けになりそうですね。

 台風2号が南シナ海で発生しました。米軍の台風進路予想図が話題になっています。それは南シナ海から中国大陸の上陸、中国大陸を北上するかと思ったが東シナ海に抜けて、そのまま沖縄本島に直撃するかもとのルートが掲載された。14日か15日くらいにやって来そうだ。今週末は、救急学会が沖縄で開催されることになっています。知人も演題を発表します。

宿が取れないって。そうなんです。AKBの総選挙が沖縄で開催されることになっている救急学会と同じ日程らしい。そのためにAKBの追っかけさんらが大挙して来沖となって宿泊も彼らに占拠されたとのこと。宿泊費としては3万円以上の高級リゾートホテルは空いているが、サラリーマンの出張で一泊の宿泊費の限界を遥かに超えているので学会を聞きたいが、経費を考えると無理とのことだった。10日の日本高気圧環境・潜水医学会の懇親会でメーカー筋のサラリーマンは嘆いていました。

 雷ゴロゴロ、遠雷が響いている恩納村でした。

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2017年6月11日 (日)

ミッション完了 恩納村に戻ります

 週末の日曜日、ホテルの朝食を食べてチェックアウトした。初めて東京駅の近くに宿泊した。昨日は、千葉県の四街道で学会だったので、宿泊施設近くの探検までは行かなかった。もっと事前にホテル周辺のリサーチをしておけばよかったって反省でした。大都会のど真ん中、デジカメも持ってこなかったので写真も撮ることもなかった。

 初日は、空港まで知人が迎えに来てくれた。打合せと情報交換でした。今回は、自分は学会では口演はなかったが、指導教官が二つの演題発表だった。自分もお手伝いしている内容が盛り込まれていたので周囲の反応にも興味津々だった。案の定、3名ほどが、いつものように反撃して来ていた。自分等は、沖縄で事実の蓄積をじっと集めるのみだ。7月中旬には、世界的にも減圧症の治療方法について、最新の情報が開示される見込みだ。これについても自分もデータ集めに参加しているのでした。今後の展開、愉しみだ。頑張ります。

 この6月に上京したのは、6年ぶりくらいかな。やはり日本高気圧環境・潜水医学会の関東地方会にて沖縄のダイビングの現状を説明しなさいとの当時の大御所より指令が飛んだので口演発表させてもらったことがありました。鶴の一声って奴でした。後日、口演内容に加筆しました。推薦して頂きましたことは感謝しております。

 口演会場が文化センターの劇場棟だったので、座席はふんわりして座り心地はよかったのですが、テーブルがなかったのでパソコンを持参したのですが、口演を聞きながら打ち込むことができなかったのでした。まさに膝の上に載せるラップトップパソコンでしたが、無理な姿勢での打ち込み動作は、あとで腰痛の原因になるかなって。それでノートにボールペンの筆記スタイルで重要な項目については書き込みました。低酸素状態の人間の行動について興味深い話を聞けたのはよかったです。参考になりました。

沖縄に戻って資料を整理します。今回も、様々な情報収集ができてよかった。車での送迎、電車の乗り継ぎ情報提供、酸素ファーストエイド、医療資器材の関係者共々、ありがとうございました。

 出発便の到着遅れがあるので、出発時間が多少遅れる見込みとの放送があった。これから恩納村に戻ります。

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2017年6月10日 (土)

関東地方会でした。

 東京2日目、晴れ間が広がっている。梅雨入りしているが晴れ間が広がって助かりました。千葉県の四街道市で開催された日本高気圧環境・潜水医学会の関東地方会でした。自分もお手伝いしているデータも含まれているので聴講しています。

 朝6時起きでした。開催地が東京以外だったので、知人に宿泊先からの目的地までの電車と乗り換え駅の行程案を作成してもらい、その資料を頼りに動きました。この資料がなかったら身動きは出来たかなって思います。メールで連絡して作成してもらいました。学生時代や藤村に在職していた頃を含めて市原市で潜水士の試験を受けた以外は、成田空港への通過点でしかなかったのでした。本格的なラッシュはない土曜日の午前7時から8時の間の移動でした。電車、タクシーを乗り継いで会場に到着しました。

自分は、日本高気圧環境・潜水医学会と関東地方会の二つに所属しています。今回は、高気圧と低圧環境の両極端の話題でした。普段、なかなか知ることがない低圧環境での人体の問題も理解することができました。低圧とは地上よりも高い場所での大気圏内のことでした。一般的には山登りでの高山病、航空機搭乗員のリスクとしての低酸素状態について、理解できました。戦闘機搭乗員の搭乗前の脱窒素を実施していることも知りました。

 脱窒素については、自分もかつて実験したことがありました。それは初期のリブリーザーの器材の耐久試験を実施している最中に潜水前にナイトロックスガスを吸って、吐き出す。これを何回か繰り返してからリブリーザーを装着して潜降したこともありました。最後は、ダイバーの減圧障害での高気圧チャンバー治療か、平圧状態での酸素供給。HBOかNBOとの治療効果の違い等の比較を海外の情報も踏まえて述べた。自分の指導教官の合志先生が解説しました。これに対して、いつものように三名の反撃が続けさまにありました。

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2017年6月 9日 (金)

東京では禁煙部屋を探すのは

 梅雨入り宣言の出た東京に来ました。幸いにも晴れておりました。着陸寸前に多少揺れました。満員でしたね。機内でのwifi機能は、助かります。仕事も出来ました。今回はタブレットを使って送受信しました。一月に伊豆半島での合宿以来でした。

 今日搭乗した機体は、ボーイング777型機でした。2月と3月は近距離で那覇と福岡空港の往復時はボーイング737型機でした。737よりは機体が大き目なので、座席の間隔も、少しはゆったり感がありました。赤いマークの会社か系列の日本トランスオーシャン航空を使うことが圧倒的なのでした。とりあえず赤いマークの会社を御用達でした。

 久しぶりにお風呂にお湯を張って風呂に入りました。沖縄では基本的にはシャワーなのでした。バスタブ、風呂桶は浅いので、シャワーだけになってしまいます。近くのコンビニでバスクリンを購入してお湯を張ってから投入、バスクリン入りのお風呂にどっぷりと浸かっています。ホタルに宿泊する際の愉しみなのでした。今回は、東横インを確保でした。カプセルホテルが多かったのですが、今回はお試しに東横インを使ってみました。梅雨時期の東京は久しぶりでした。

宿泊先を選択する際は、基本は禁煙室を最初に選択しますが、東京でのホテルを探す際には、禁煙室を探すのは結構大変でした。喫煙部屋は、すぐに確保できるのですが、禁煙部屋は探しまくりました。次に主要駅の近くかどうかです。次にお値段です。シングルで1泊とか2泊では2万円以下をチェックでした。あとは朝食サービスの内容かな。

 明日は朝早くから千葉に向って移動です。これまでの学会関係は、大半が東京都内だったので、新宿方面に宿泊場所を確保すれば鉄道路線で動けました。1時間以内の距離の中が多かった。今回は千葉県の四街道市です。距離感と移動の時間の感覚が掴めないのでした。遅刻しないように起きて行きます。

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2017年6月 8日 (木)

梅雨明けから真夏に突入かも

 朝から車で移動。南側には超怪しい黒い雲が低く垂れ込めていた。雨の洗礼も覚悟したが、大丈夫だった。カタブイには遭遇しなかった。梅雨明けなのだろうか。午前3時くらいかな、夢の中のような雷音、何発も落ちたかな。凄かったです。遠雷!眠いです。

 少しづつ夏に近づいているのでした。先週は晴れても肌寒い日が多かったのですが、今週になってから一気に気温も上昇し、太陽の眩しさと暑さを実感した。一気に夏になっている。今度は熱中症対策も、しっかりと実施することなるのでした。これまでは風邪対策でしたが、これからは熱中症対策です。水分補給とミネラル分の補給ですね。塩分バランスと少しの甘み成分をプラスです。製品で購入すると高いので、自前で作ってみれば安くなるのでした。

 自家製の方法が紹介されています。  http://www.kakuredassui.jp/care5  注意としては、作ったその日に飲みきってください。防腐剤が入っていませんので、くれぐれも飲み残しで、翌日も同じものを飲用しないで欲しいのでした。昨年は、周辺のガイドさんに作り方を伝えて熱中症対策として活用してもらい熱中症でのトラブルはなかったと報告を受けています。今年も、そろそろ情報告知を実施したいと考えています。

 結果的には、恩納村、嘉手納町、北谷町、うるま市と走り回ったが、カタブイには遭遇することがなかった。車のクーラーは温度設定は21℃にしている。自分は生活メガネをかけている。スーパーでは冷房が強烈な場合は、建物から出た瞬間には、メガネが曇って視界ゼロになるのでした。まだ車を降りてもメガネが曇ることはないのでした。施設内外での温度差によって視界ゼロになる季節になりました。

明日から内地です。日本高気圧環境・潜水医学会の関東地方会です。今回は、自分の指導教授の演題を二つ発表するので立ち会いです。

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2017年6月 7日 (水)

梅雨明けかな

 膨大な人員と物資。コンピュータがない時代にも関わらず、歴史上の偉業を成し遂げることができた。当時は、無線とラジオでの謀略放送の中に、各地に散らばっているフランスレジスタンスへの情報伝達、複数に人間が関与した作戦立案と実行となった。多少の手違いがあったであろうが、ナチスドイツに勝利する。フランスからナチスドイツを駆逐するという願望を胸に刻んでの戦いだったのだろう。

 年齢的には様々な階層の人が協力して戦いに参加した。年齢を偽って入隊したなんて事例が映画になって紹介されていた。有名な人ではオーディ・マーフィ氏ですね。16歳から入隊したとされている。DVDでも発売されている。かつてテレビで放映されたのを幸いにも、ビデオに録画していた。すでにビデオテープも劣化したが、実は劣化するまえに8㎜にダビングしていたのでした。デジタル版に焼き直しした製品が販売されたので即決で購入しています。日本語に吹き替え版もありましたが音源が一部不明になっているが、最初のオリジナル音声もあるので懐かしかった。吹き替えは愛川欣也さんだった。

 昨日は、九州方面から梅雨入り宣言がでました。沖縄では梅雨の中休み状態が続いている。もしかして梅雨明けかもなんてことが囁かれているのでした。このままでは水不足の問題が起きそうだ。例年では6月20日前後、23日が慰霊の日だ。歴史的には全面的な戦闘が終了した日とされている。20日から23日くらいまでが沖縄での梅雨明けとなっているのでした。

 1944年では、欧州と太平洋の二つの大きな戦いがあった。どちらも米国が主体となって戦闘を捌いているのでした。膨大な兵器への投資も大きな問題を抱えていた。それでも戦争をやり通した決断力には、凄いものがあるのでした。とりあえず戦いには勝利したのでした。小説の世界では、もしもドイツと日本がWWⅡを勝ち抜いた場合のその後は・・・。まだ読んでいないのでした。

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2017年6月 6日 (火)

上陸作戦だった

 1944年6月6日は、第二次世界大戦のターニングポイントになったノルマンディ上陸作戦が実施された記念日でもあるのでした。facebookでも、ノルマンディ上陸作戦に関連する内容の記述が多くなっていた。当時の戦争は、正規軍同士での戦いだ。現代は、正規軍同士ではなく不正規戦争へと変化している。誰が敵であるかは、判り辛くなっているのでした。敵味方の識別を軍服を着ることで判別できた。

 そう言えば、軍服については、沖縄では払い下げ屋、米軍の備品類が大量に廃棄処分される。廃棄処分される物をまとめて購入。その中から、服、軍装品、帽子、靴、バッチ、ワッペン、生活雑貨、筆記具、図書、地図等を選別して販売できるものを探して販売するお店があった。1970から80年代は沖縄でも有名な払い下げ屋さんがあった。自分も利用していました。内地でも大きなショップがあった。とくに上野の通称アメ横だ。学生時代から通って記憶がありました。

 気付けば、沖縄でも珍しくなりましたね。10年以上、払い下げ屋さんに行っていないのでした。最後に購入したのは、ペリカンボックスです。普通に購入すると5万円位ですが、払い下げ屋さんでは5千円と10分の1の値段で確保することができるのでした。今も重宝しています。2リットルのサイズの酸素シリンダーを2本セットして持ち運ぶことができるのでした。

 一般人が軍服を着ているのは、問題がありますね。禁止までは行かないのですが、米軍基地の近くでは同じような格好することは問題があるのだろう。スパイに間違われる可能性も無きにしも非ずですね。以前は、基地近くの黙認耕作地での農作業では、米軍の払い下げの戦闘服の上下が重宝していましたね。頑丈だったことが一番ですね。

話を1944年に戻しましょうね。

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2017年6月 5日 (月)

健康診断を受けよう

年々ダイバーの年齢が上がっている。これはダイバーだけでなく、ガイドダイバーにも同様の現象が起きている。若いダイバー予備軍も、あいかわらず少ないのでした。毎年、この時期になると新人ガイド見習いの方が、実戦配備につき始めているが、体調はどうなんだろう。健康診断を受けているのだろうかって。自分等の年齢位になると身体的な問題が出始める可能性が高くなっている。

 健康診断の内容については、難しい検査をする必要はないのでした。通常に行われている健康診断内容で大丈夫なのでした。その際に、健診結果でおかしい症状や検査データに異常があるようであれば、再度、異常を示した内容を再検査することをお勧めします。忙しいからあとでなんてことは止めて欲しいのでした。再検査の日程が決まったら、できるだけ予定を変更せずに再受診して欲しいのでした。

 若手のガイドさんで問題なのは、食事を規則正しく摂っているのだろうか。今は、コンビニがあるので、コンビニが冷蔵庫替りってガイドさんもいるようだ。細目に買い出しができると安心しているのだろう。できれば栄養状態を考えた食事を確保して欲しいのでした。以前、ちょくちょくあったのは缶コーヒーを飲んでしまう。甘いお砂糖成分を摂取できるので、そのまま朝ごはん抜きで缶コーヒーを飲むと、お砂糖成分の影響を受けるのでした。エネルギー補充ができたと勘違いしてしまうのでした。

肉とか、野菜等を適量食べて欲しいのでした。栄養補助食品が出回っているので、俗に言うサプリメントを取っているので大丈夫ですと考える場合もあるようだ。栄養成分の中でもミネラル分や鉄分と言った栄養素も必要になるのでした。鉄分の摂取については鉄製の鍋や釜、フライパン、鉄瓶等で食材の煮炊きを実施するだけでも鉄分補給ができるのでした。釘でも舐めるかな。鉄瓶を準備します。

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2017年6月 4日 (日)

室谷選手優勝おめでとうございます。

 6月最初の週末だ。予想に反して晴れ間が広がった。自分は打合せ予定だったが、先方様の都合でキャンセルとなりました。予定していた内地からの書類が届かないので、予定していた資料が作成できない事情も加わったのでした。

 空の話題だ。今日は、室谷義秀選手が昨年に引き継いでの勝利だった。二連勝だった。室谷選手は、民間人パイロット出身だ。外国人選手には軍用機のパイロット出身者もいる中での快挙だ。そういえばゼロ戦も東京湾を飛んだ。日本人パイロットが操縦していると聞いた。動画映像を探してみます。なかなかニュースには取り上げてもらえないのだろう。著作権の問題もありそうだ。主催がレッドブル社なのでした。

今朝方のニュースでは、富山の山中に墜落した民間機の捜索が早朝から開始された。機体が発見された。富山の山岳警備隊員が降下して機体内部を捜索した。結果は、四名の方が亡くなっていた。昨日の墜落直後に生存者がいた。救難通報では、二名の方が心肺停止状態で、二名が負傷しているが機体内部に挟まって身動きできないとのことだった。

 生存者がいたが、結果的には全員死亡となった。低体温症での亡くなったのだろうか。上空からの映像では、雪原に胴体着陸したような格好だった。事故当時は雲が垂れ込めて視界が悪かったとの情報もある。墜落のショックで機体内部に閉じ込められた状態で防寒具も準備していないために低体温症だったのではないかと想像している。空の話題が続いた。

 梅雨の中休み状態になっている、梅雨前線が沖縄本島よりも南下したままになっている。そのために沖縄では、肌寒い気象状態が続いている。太陽が出ても、温かいのですが、木陰は寒いのでした。風邪を引かないようにします。

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2017年6月 3日 (土)

正しいお箸の使い方は、

 あれ、雨の一日を予想していたが、晴れ間が広がっていた。午後から体験ダイビングだ。修学旅行の体験ダイビングだった。自分は医療用酸素の準備でした。午後に間に合うように酸素は充填済みの満タンを準備した。船に積み込んだ。6月1日からは、船長も大型船を浮かべて準備していた。船にはタンクも沢山積み込んでいた。準備完了でした。

 最近、テレビ番組の制作費が捻出するのが難しいのだろうか、食べ物系の紹介や人気の食べ物屋さんからの中継等が多くなった。気になるのは、食事をしているシーンでは、お箸の使い方が画面いっぱいに映し出される。びっくりするのは、お箸の握り方が変だぞ。正しいお箸の使い方を知らないのだろうか。それとも生まれてから親に教わらなかったのだろうか。とくに女性のお箸の握り方は、驚くことが多い。沖縄でもそうだけど、「お箸の国の人だから」なんて言えない。

 自分も食堂に入って人間観察ではないが、お箸の握り方を見る習慣がついているのでした。握り箸が多いかな。スプーンのような使い方をしているのを見るとガッカリするのでした。女性の場合は、品性を疑いたくなる。「お里が知れるよ。」

親子で映ることもあるが、同じような握り方をしているのを見ると、親が教えていなく、子どもや親のお箸の握り方を見て、その通りにするのだろうなって。高校生でも同様だ。彼女らが大人になって子どもが出来てもお箸の使い方、正しい使い方を教えることができるのだろうか。

食文化の伝承については次世代に伝える役割は重要だ。幸いにして自分は、お箸の使い方、握り方については問題ないと信じている。厳しく教わった記憶はないのでした。すでに両親は他界しているので、自分が子供時代のことを聞けない。あとは姉妹に聞いてみるかな。

この3日間、独り言の更新ができなかったことをお詫びします。はい、無事に生きています。

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2017年6月 2日 (金)

懐かしい教え子との再会

 携帯電話にメールが到着した着信音があった。あれって、確認した。相手の携帯電話番号があった。伝文には発信者の名前がなかったのだ。怪しい電話とメールかなって。一瞬思った。メールを再度点検したら、実は二通メールが届いたのでした。

 教え子さんでした。それも発信者が大学生だった頃のインストラクター認定をしたのでした。かれこれ30年以上も前のことだった。インストラクター番号は5ケタでしたが、一万番代でした。あれって最初に配信されたメッセージには名前があった。一瞬にして当時の記憶が蘇ったのでした。眼がクリッとした長身の学生さんでした。大学のダイビングクラブ出身者でした。当時は、大学生のダイビングクラブでは、最終学年になるとインストラクター試験を受講するのが当り前の時代だったのでした。彼も、その一人でした。

 すぐに電話で連絡して会うことになりました。沖縄に引っ越してきたとのことでした。学生時代を彷彿される体格でした。自分と同じ運命を辿ったようです。彼は心臓疾患からの生還者だった。話を聞いたら、奇跡的だった。胸に強烈な打撃的な痛みを感じたそうだ。救急車を手配しようと考えたそうですが、一瞬、自分が救急車手配して、病院にて診断を受けた際に、症状が軽いのに救急車を手配したなんてことを考えたそうです。これは自分も同じです。

 深刻な心臓疾患と判り、手術を受けた。日本でも有数な手術例を誇る医療機関にて施術を受けた。社会復帰は果たした。自分と同じような運命だったのだろうとお互いの経過について話した。二人とも、貰った命との共通認識だった。自分の独り言を読んでくれている貴重な読者でもあったようです。

5月31日からホームページの更新が止まっているのを心配してくれていた。

 ありがとうございます。今後とも宜しくお願いします。

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2017年6月 1日 (木)

平成29年度の仕事始めでした。

 弊社としての会計新年度を迎えました。改めて、心機一転頑張る所存であります。何卒、今後ともご支援、ご指導、ご鞭撻のほど、宜しくお願いします。

 朝から医療用酸素の配達でした。嘉手納町にて医療用酸素を充填してもらっています。前日には充填が完了したいたのですが、所用があって身動きできなかったので、朝からの動きとなったのでした。

 酸素充填については、午前9時過ぎまでにオカノに持ち込めば、当日の午後3時過ぎには充填が完了しています。通常であれば、そのまま受領して、輸送会社に運んで行くのでした。輸送会社は、どこでもってな訳にはいかないのでした。高圧ガスを輸送する会社は、極めて限られているのでした。弊社も輸送については契約をしています。午前中に離島への医療用酸素の発送手続きが完了しました。

 弊社が使っている金融機関にて残高証明書の発行依頼に行きました。コザ信用金庫、沖縄海邦銀行、ゆうちょ銀行、JAバンクの4つでした。毎回、思うのですが、残高証明書の発行依頼は、それぞれの金融機関によって書式に違いがあるのでした。一番、時間がかかったのがゆうちょ銀行でした。ゆうちょ銀行では、残高証明書を発行するために依頼するための書類書きでした。他の3つは社判を使うことで申請ができたのです。が、ゆうちょ銀行では、社判は実印のみで他は、全て手書きを要求されたのでした。タダでさえ長い社名なのでした、久しぶりに手書きに苦労しました。

決算資料に添付しなければならない種類を入手できました。手数料もバカにならないのでした。とりあえず決算資料として添付しなければならない必要な書類なので、準備しなければならないのでした。時間はかかっても、一軒づつ廻って手続きを完了しました。嘉手納町、石川、恩納村だけなので延べで3時間くらいでした。

 改めて、平成29年度も宜しくお願いします。

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