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2019年11月 2日 (土)

何故、 火災に無防備だったのか?

 朝、起き抜けに気象レーダーを確認した。珍しく沖縄を含めて日本中に雨雲がかかっていないのでした。びっくりでした。午前6時30分だったが、薄暗い感じがした。

 実は、昨日は事務処理仕事だったので事務所から出ていませんでした。買い出しの予定だったのですが、忘れてしまいました。きっかけは単純でした。資料を発送するためにクロネコヤマトの営業所まで行く予定でいたのですが、前兼久事務所まで集荷可能かの確認電話を担当のドライバーさんに連絡したのでした。たまたま近くにいるとのことで10分もしないで集荷に立ち寄ってくれたのでした。

 改めて首里城炎上の件、あれこれ考えてみたました。とうとう知人の沖縄の歴史に詳しい方にも教えを請いました。単純な質問を聞きました。今回の炎上事案で展示されていた宝物について本物かレプリカかです。レプリカもあったようですが、ほとんどが本物だったようです。まだ公式に事故報告が集計されていないとのこと。書籍についてもレプリカではなく本物だったとのことでした。あぁぁ木造の建物で、漆塗り加工されているのでただの木造建築物に比べると火災には弱いこと。一旦、火災が起きた際は、燃えやすいことに加え、火力が強くなるとのこと。通常の火災現場に比べると火力が強いために消防士も接近しての消火活動に支障を来したのでした。

 ただ消防機関が到着する前の警備員による初期消火活動はうまく対応できなかった。夜間の消火訓練は実施したことがないとのことでした。問題山積みだった。世界遺産としても価値を理解していたようですが、防火対策は現在の管理責任者には皆無だったことが明らかになった。自分等は国から引き受けただけと担当責任者が答弁していた。

 文化財の保全については、沖縄に限らず日本では専門家が少ないので、今回のように火災にあったり、水害にあって損害が出てから初めて気付かれることが多いのでした。何か変なのは、再建目的なのだろう行政、マスコミ、一部企業が共同して募金活動が始まった。事故調査も終わっていない段階でも、とりあえず募金活動を展開する動きだ。へそ曲がりではないが、何かおかしく感じるのでした。

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